2014/12/30 Category : 奇談 世御坂さんちの裏事情 少女めいた頬の輪郭。新雪のように白くすべらかな肌。長い睫毛が落とす影。私の膝の上で安らかに眠る、私の姉の、子供。 ――私はこの子のことを、生まれる前から知っている。 長い長い時間をかけた話だ。時間と労力、魂、様々な感情、それらをごちゃごちゃに混ぜ合わせて絡めたまま数百年という時を生きてきた。傍から見ればそれは凄惨で、ひどく無駄な、そんな話だ。私とこの子を軸に、世御坂一族を巻き込んで、そうしてようやく終わった呪いと恋を、この子は覚えていなければ良いと思う。 私はこの子のことを、生まれる前から知っている。この子が生まれる前から、私が生まれる前から。 私達は遙か昔、姉弟だった。世御坂一族に生まれた二人の子供は、世御坂一族の名を継ぐために育てられた。それがそもそもの始まりだった。世御坂一族は大陸からもたらされた呪術を生業とする一族だった。科学に満ちた今の時代ではもはや朽ちかけたこの技術は、その時代だったからこそ発展したのだろう。たとえ遍くこの世の王が頭を下げようとも、ありとあらゆる金銀財宝を与えられようとも、決して外に出してはいけない呪術に、私と弟はすべてを賭けていた。 今思えば狂っていた。反魂術など、生み出すべきではなかった、考えるべきではなかった。死んだ人をよみがえらせるなど、不可能だったのだ。 弟の恋人が死んだときからすべてが狂いだした。死んだその人をよみがえらせるのだと、彼は一族を裏切り、反魂術を盗み出して家を出奔した。当主となった姉と裏切り者の弟の、泥沼のような争いは、ここから始まった。 人間が50年生きるのもやっとな時代だった。私も弟も、死んでしまえばすべて終わりだと思っていた。だが、世の摂理に背いた術を生み出した人々に、この世の真理は呪いをかけたらしい。私は”私”の記憶を持ってもう一度世御坂の家に生まれ、弟もまた”弟”の記憶を持って世御坂の家に生まれてしまった。私たちはまた、姉と弟として、死んでから数十年後の世界に生まれ直してしまった。いがみ合う姉弟はまたしても世御坂一族を巻き込み、死者の蘇生という有り得てはならない術を巡って争った。 あとは、それの繰り返しだった。どちらかが死んでもどちらも同じ時代に、必ず姉弟として世御坂一族に生まれてしまう。その度に争いを繰り返す。弟は何度生まれ直しても、かつての”弟”が愛していたその人を蘇らせなければならないと叫んだ。彼の声が未だに耳に残っている。私は、一人では生きていけないのです、姉上、あなただってそうでしょう。その言葉の意味を真の意味で知ったのは、初めて彼をこの手で殺し、看取った、醜い輪廻の終わる瞬間だった。 弟が狂っていたならば、私も同様に狂っていた。何度も何度も記憶を伴い繰り返した姉と弟の確執は、弟が反魂を諦めたときに終わった。憎悪と愛情は紙一重だ。死にゆく弟の顔を眺めながら私は泣いた。たとえ共に争い合わねばならない立場だったとしても、私は血を分けたきょうだいを、心の底から憎み、それと同じくらい、愛していた。憎悪する相手が居なくなった瞬間、きっと私は生きる意味を無くしてしまうと、その時初めて知ってしまった。 結局、誰も幸せにならない争いは百年ほど前に終わった。私はまたしても世御坂一族に生まれたが、私には姉がいた。弟は、いなかった。今までの繰り返しの記憶を持ってはいたが、その半分を持った弟はもうどこにもいない。いないはずだった。 少女めいた頬の輪郭。新雪のように白くすべらかな肌。長い睫毛が落とす影。私の膝の上で安らかに眠る、私の姉の、子供。弟に似た顔立ちの愛らしい子供。”姉と弟”という関係性はようやく崩れた。無邪気に笑う子供には、弟につきまとっていた翳りなどどこにもない。きっとこの子は、もう、死者に惹かれ狂っていくことはない。 長い、長い時間がかかった。ひどく無駄な時間だった。世御坂一族はいまだ細々と続いているが、それだけだろう。かつての繁栄などなくて良い。あとは私が、過去の私たちの後片付けを終えてしまえば、何もかも、それでおしまいだ。弟は人として生きていく。私もまた、人として生きていく。それだけだ。「――キリト」 午睡から覚めた子供が甘えるように、膝に頭をすり寄せた。うっすら覗いた瞳に狂気の色はなく、私はひっそりと笑う。どうか幸せでありますように。そう願う。 そう言う、話だ。 PR Comment0 Comment Comment Form お名前name タイトルtitle メールアドレスmail address URLurl コメントcomment パスワードpassword