2013/11/25 Category : 雑多 双子の話 ――私がお仕えしたその一族の、最後の二人の話をしようと思う。 雪が降り、積もり、がたがたと風が雪の礫を壁に窓にぶつける冬の季節が、この二人にはよく似合う。それは私が、この二人を最後に見たのがこの季節だったからかもしれないし、そもそもこの土地は厳冬ばかりが印象深いからかもしれない。外が吹雪の昼下がり、暖炉で火が爆ぜる音を聞きながら、向かい合った二人が真剣な顔でチェスをしている。そんな光景をよく覚えている。どちらが白を、どちらが黒を使うか、というのは幼い頃から決まっていた。勝ち負けはおかしいほど同率で、結局彼らのチェスは最後まで、同じスコアを刻んでいた。 そう、よく似ている双子だったのだ。けれど似ているようで似ていないところもあった。容姿は見間違えるほどではないにせよ、緩やかなウェーブを描く黒髪や白い肌、整った顔立ちが、やはり双子だけあって似通ってはいた。それでいて性格は正反対で、兄は悪戯っ子、弟は引っ込み思案、兄が外で遊びたいと言えば、弟は部屋で本を読みたいと言い出す、内面は似ていない二人だった。だが仲は不思議と悪くなく、最終的には兄が弟の手を引っ張って外に繰り出すか、弟につきあって部屋で一緒に過ごすかで、喧嘩しているところはほとんど見なかったと思う。 悪戯っ子と言っても兄はたいそう賢い子だったし、弟も語学だろうが剣術だろうがなんでもそつなくこなす子だった。顔立ちも幼い頃から人目を引くもので、この双子の成長が楽しみだ、と誰もが皆羨みそして祝福した。周囲の期待を理解してか、二人は共によく学んだし、これなら一族の今後も安泰だと口々に言葉にした。親のみならず一族や、私のような使用人にさえ多くの期待を背負わされながら、けれど双子は屈託なく笑い、寄り添っていた。 兄が悪戯をして怒られれば弟は一緒になって謝り、弟が泣き出せば兄は優しい声で慰めた。悪戯めいた笑みを浮かべる兄と、困ったように微笑む弟。二人が揃うだけで満ち足りているかのようだった。テーブルで向かい合い、チェスを打ち、あるいは本を広げ、あるいは熱い茶をふうふうと息をかけながら口にする。焼きたてのクッキーを頬張り、無邪気な表情を浮かべる二人は、本当に、幸せそうだった。 それが崩壊したのは、彼らが10歳を迎えた年の、やはり冬だった。 白く広がった雪の庭の、冷たい朝だった。澄んだ空気がきらきらと朝日に輝き、吐く息すらも凍っていくような景色の中に彼は横たわり、彼は立っていた。 横たわった彼の、兄の周囲には雪を溶かすように赤い液体が流れていた。それが兄の体から溢れたものだと遅れて気付いた。散らばった赤い血は毒々しく、だというのに雪の色とのコントラストがまるで芸術品のようで、私のみならず、駆けつけた使用人達の目を奪った。夜着に覆われた胸に深々と突き刺さった刃の反射、その角度さえも美しかった。散らばった黒髪も、赤く染まった雪も、そして白い庭も、この世の物とは思えない、未だかつて見たことのない至高の芸術なのではないかと、私は感嘆の吐息を零しそうにすらなっていた。「――にいさん」 そして、横に立っていた彼は、弟は。 伸びた前髪の一房が青ざめた頬を撫でて落ちる。寒さ故か、それとももっと別の理由か、彼のまだ幼い顔はまるで死人のようだった。困ったように微笑む、あの子供の顔ではなかった。悲哀、憤怒、後悔、憎悪。そのどれとも違う、いや、それらすべてが混ざった、諦念ともとれる表情は年齢とは不釣り合いで、たった一晩にして彼は、別人になったかのようだった。「――だめだよ」 泣きそうな弟をあやすように、優しく言葉をかけるのはいつも兄だった。そしてそれは、赤い血に塗れた庭でもそうだった。「だめだよ、こんなんじゃあ」 胸に剣を突き立てられ、血を流し、それでもなお、兄は笑っていた。あの悪戯めいた、少年の顔で。「こんなんじゃあ、僕はまだ殺せないよ」 ――私がお仕えしたその一族の、最後の二人の話。死を知らない兄と、唯一死を教えることの出来る弟の話。よく似ているようで、その実まったく似ていなかった双子は、互いに殺すことが、そう、生まれたときから決まっていた。 横たわった兄は愛おしげに、己に刺さった剣を指の腹で撫でた。弟は顔を歪めたが、結局泣くことはなく、兄の血で汚れた手を強く握りしめただけだった。兄の口から零れた血はまだ赤く、弟の吐く息は白く、厳冬の、何もかもを凍てつかせる朝の空気は錆びた鉄のにおいで満ちていた。 PR Comment0 Comment Comment Form お名前name タイトルtitle メールアドレスmail address URLurl コメントcomment パスワードpassword