忍者ブログ

bernadette

Home > ブログ > > [PR] Home > ブログ > 雑多 > 春の話

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

春の話

 およそ二ヶ月ぶりの故郷の空気はまだ冷たく、雪の名残のにおいがした。
 十時間座り続けた腰の痛みと足のむくみによろめきそうになりながら、なんとかバスのステップを降り、乗務員に差し出された赤いスーツケースを受け取った。ちらりと覗いた荷室には、色とりどりのスーツケースが積み込まれ、最終目的地へ着くのを待っている。
 朝、七時手前。どうやらこのバス停で降りるのは私だけだったらしい。中年の乗務員と頭を下げあいながら、バスに背を向けおそるおそる歩道を歩く。溝の浅いブーツでは凍った地面を歩くには心許ない。吐く息の白さと、そこかしこに残る灰色の雪の塊に、私は自分の生まれ育った町を歩いているのだという漠然とした実感を抱く。くすんだ青白い駅舎の向こうには似たような色合いの空が広がるばかりで、昨日までいた東京の青空がまるで嘘のようだ。引きずったスーツケースの車輪の音と、私の慎重な足音、そして駐車スペースに停まる車のエンジン音に、夜行バスが走り出す轟音が混ざって遠ざかっていった。
 迎えの車は、駐車スペースの真ん中ほどに停まっていた。丸いフォルムの外観は遠目からも分かりやすく、メタリックブルーの塗装は寝起きの目にはなおいっそう鮮やかだ。運転席に座っている人影が確かに姉であることをみとめて、私は歩く足を早めた。
「おはよう。おかえり」
 助手席の窓を開けた姉は、二ヶ月前とさほど変わったようには見えなかった。かけられた言葉もいつも通りで、私は一瞬、返事に詰まる。
 ぽつり、と目の前に落ちてきたのは雨粒だった。ひえびえとした空気を切り裂くような雨粒に、春の穏やかさは欠片もない。開けられた窓の内側から、暖かな空気がそっと流れ出して私の頬を撫でていく。
「……ただいま、ねえちゃん」
 微かなぬくもりに動かされるように、私はようやく言葉を返し、不器用に笑った。
PR

Comment0 Comment

Comment Form

  • お名前name
  • タイトルtitle
  • メールアドレスmail address
  • URLurl
  • コメントcomment
  • パスワードpassword