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bernadette

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魔術師殺しが諦める話



 銀色の切っ先が男の腹に吸い込まれる、寸前に、それが止まった。
 剣を握る男の顔には驚愕が張り付いている。それが、彼から離れたユーリィからもよく見えた。
 止まった剣の先にあるのは男の腹ではなく、少女の背だった。アルベルトに殺されるはずだった男もまた、想定外のことに思考が追いついていないらしい。ただ、少女だけがその場を正しく理解していた。

「まほうつかいを、殺さないで」

 怯えた声が、それでもアルベルトの凶行を止めようと必死に叫ぶ。男を庇うようにその身を挺し、少女はアルベルトを強く睨み付けた。

「殺さないで」

 状況を飲み込んでもなお、動くことを許さないかのような静寂が降りた。庇われた男も、男を殺さんとしていたアルベルトも、盾となった少女の声に縛り付けられていた。ユーリィでさえそうだった。まるで足が石になったかのように、その石化が全身に及んでいくかのように、呼吸さえ奪われていく。
 最初に動いたのはアルベルトだった。深く、深く息を吐いた彼が、あっさりと剣を引き、わざとらしく音を立てて鞘に仕舞い込んだ。次に男が慌てたように少女の肩を掴み、無理矢理自分の背中に隠した。少女は嫌だと首を横に振ったが、大人の腕力には敵わず、あっという間に黒い男が盾になる。
 鞘に剣がぶつかった甲高い音が、延々とこだまするのを自覚した瞬間、止まっていた呼吸が動き出す。

「……あーもー」

 癖毛を手で掻き乱しながら、アルベルトは心底嫌そうに距離をとる。もう一度大きく息を吐き、顔を上げた彼は黒い男を睨め付けた。どこか恨めしげに見えるのは、ユーリィの気のせいではないだろう。

「こんなお嬢さんに言われちゃ仕方ないな」
「は」
「良かったな、鍵の魔術師。そのお嬢さんに免じて殺すのは止めてやる」
「は」

 目を白黒させる男と、その背中からおそるおそる顔を出した少女に、それ以上アルベルトは声をかけなかった。土を蹴る音だけを残し、彼は背を向け歩き出す。
 言葉通り、彼はこれ以上、黒い魔術師に手を出すことはないだろう。およそ二人分の視線を受けた彼は振り向かない。
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いい加減良いタイトルを考えたい人たち

吸血鬼殺しと魔術師殺しとその周辺(だいたいまだ書いてない)
時代設定として、2010年くらいを起点に考える。


■ユーリィ
・吸血鬼殺し。双子の兄がいる。
・100年以上前に生まれていたらしいが、実年齢は20~30歳。身体能力は高いが不老ではない。北国生まれなので身長が高く、がっしりした体型。
・10年前にノエル・アズライトと出会い、5年ほど一緒に暮らしていた。その後5年は吸血鬼探しの旅。
・生まれは良い家柄。北国の生まれで寒さに強いものの、雪景色は嫌い。トラウマばかり。
・後天性の白髪。どんな場所でも身だしなみを整える人。なお、本名は決して名乗らない。

■アルベルト
・魔術師殺し。妹がいた。
・30歳なるかならないか。ただし外見はもっと若く、10代後半から20代前半。へたすればユーリィよりも若い。背はユーリィより幾分か低い。
・諸事情により魔術師を殺す仕事をしている。自分で殺す場合は一定条件がある。人から頼まれた場合はだいたい条件を考えずに殺す。
・女性に強く出られない。特に小さい女の子には無条件で甘い。
・癖のある茶髪。よく寝癖がついている。家事全般、得意ではないができる。生まれはドイツあたりだが育ちがフランスあたりなので、女性は口説くのが礼儀。

■ノエル・アズライト
・魔女。”宝石の魔女”というコミュニティに属している=非常に有能な魔女である。
・10年前にロンドンのオークションでユーリィを買い、5年間育てたあと、住んでいた土地ごといなくなった。
・薄い茶髪に深い青色の目。穏やかな性格をしていた。

■まほうつかい
・依頼を受けたアルベルトに追われる魔術師。何も悪いことはしていない(本人談)
・黒髪、外見、実年齢共に30代~40代。黒いコートに黒いマフラー。
・寒がりで話し方が少し拙い。ココアが好き。
・使えるのは鍵の魔法のみ。その鍵で開けられる空間に、扉を繋げることができる。
・非常に顔が広く、”宝石の魔女”の面々とは意外と長い付き合い。


■少女
・まほうつかいと一緒に旅をしている少女。10歳前後。この年齢と性別によってまほうつかいは助かる。
・魔女としての素質が高いらしいが、本人はまだ何も出来ない。
・頭の回転が早く、知識の吸収が早い。いずれまほうつかいを助けられるような魔女になりたい。

吸血鬼殺しと魔術師殺し3


 その名を隠して生きなさい、と、”ユーリィ”に言い聞かせたのは魔女だった。深い青色の目はいつもユーリィを見つめ、彼が生まれ持った運命を正しく理解していた。その上で、ユーリィの生き方には一切口出しをしなかった。ただ言ったのは、本当の名を隠すこと、それのみだった。
 実の兄を殺す旅になるだろう、と言い切ったユーリィに、彼女はその深海よりもなお青い目を少しだけ伏せ、そう、と柔らかに答えた。

「その魔女っていうのは?」
「分からない。君と出会う前に一度だけ、彼女と住んでいた場所を訪れたが」
「いなかった、か」
「家まるごと、な」

 この時代に目を覚ましてから10年が経つ。その半分以上を彼女の下で過ごしたユーリィにとって、青い目の魔女は母親とまではいかずとも、心を許せる家族のような存在だった。もう二度と会えないとは思わないが、彼女と過ごした家や庭、その空間がまるごとなくなっているという事実は、まるですべてが嘘だったのではないかとユーリィに囁いてくる。
 総じて魔女というのは長寿だという。人間と人間の間から生まれてきた人間だというのに、魔女はその体に満ちた魔力を使っていくことで体が変わっていく。人と同じ時間を生きる魔女もいれば、世紀を超えてなお若々しい魔女もいると聞くのだから、個体差は存在するのだろう。だが、あの青い目の魔女は、そうだと聞いたことはないがおそらく、長い時間を生きている魔女なのだろう。
 魔女や魔術師の生きる世界をユーリィは詳しくは知らない。彼女はそれを教えることをどこか嫌っていたようだったからだ。もしもアルベルトと出会い、魔術師を殺す彼の知識を得ることがなければ、ユーリィは彼らを無条件に信じきっていたかもしれない。すべての魔術師や魔女が彼女のように、穏やかな気質を持っている訳がないのだ。

「なんて名前だったんだ、その人」
「ノエル・アズライト」
「……アズライト?」

 ぴたり、と歩みを止めたアルベルトに、数歩遅れてユーリィも立ち止まる。振り返ると、相変わらずの癖毛を片手で乱しながら、彼は心底苦々しげな顔をしていた。

「……アズライトって、何だか知ってるか?」
「藍銅鉱、だったか。鉱石の名前だろう」

 その名を聞いたのは彼女と別れる日だったことを思い出す。ただノエルと名乗っていた彼女が、名前を隠して生きなさいと”ユーリィ”に言い聞かせた彼女が、大切な秘密を伝えるかのように小さな声で名乗ったのを、彼は覚えている。
 そういえばあの青い瞳は、藍銅鉱の深い青色の輝きによく似ている。

「……魔女っていうのはコミュニティを作るって、前、言っただろ」
「ああ」
「その中にな、宝石や鉱石の名前を名乗る魔女の集団があるんだ。”宝石の魔女”っていう、人数は少ないが、とんでもなく有能な魔女ばかりが選ばれ集まるコミュニティ」
「……?」
「俺の記憶が正しければ、なんだがな、ユーリィ。俺の知っている”アズライト”は、20年前、どこぞの国で殺されたはずなんだ」
「……まったくの別人が、その名を名乗っている可能性は」
「”宝石の魔女”は有名すぎる。”宝石の魔女”でもないのに貴石の名を名乗るのはある種のタブーなんだ、魔女達の中で」

 では、と、いつのまにか乾いていた喉が小さな声を吐き出した。
 では、10年前、あの場所で、ユーリィを買ったあの女性は、いったい誰だというのか。死んだという魔女が、何故、ユーリィを助け、五年もの間育ててくれたというのか。言葉にならない疑問はアルベルトに届くことなく、唇は冷たい空気を吐き出しただけだった。

吸血鬼殺しと魔術師殺し2



 雪の朝は嫌いだ。
 ベンチに座りながら列車を待つ。ユーリィの隣に同じように座った相棒はまだ眠いのか、コーヒーを片手に目をこすっていた。茶色の髪は寝癖で方々に跳ね、慌ただしく着替えてきたおかげでジャケットのボタンは一個ずつずれている。安っぽい赤いマフラーはぐるぐると巻かれ、彼の顔の半分はマフラーで埋まっているようなものだった。
 息が白い。

「まだ来ないのか、列車」

 ふたりが乗るべき列車は到着時間をとうに過ぎているというのに来る気配がない。おそらく雪のせいで遅れているのだろう、とユーリィは口に出そうとして、やめた。昨日の夜から降り続いた雪は、今朝になってようやく止んだらしい。雪の降りやんだ朝は昇り始めた太陽が雪原を照らし、どこもかしこも眩しかった。列車が進むべきレールはその雪原の下だ。雪に慣れた列車といえど、さすがに通常運転とはいかなかったらしい。
 雪の朝は嫌いだ。ユーリィにとって晴れた雪の朝は、すべてが狂いだした日そのものだ。吐く息の白さは、体から流れ出た血液が上げる湯気によく似ている。眩しい朝日は青ざめた肌を照らす照明で、真っ白な雪で覆われた地面はキャンバスのような悪夢だ。細く、長く、息を吐く。これ以上思い出さないように強く目を瞑った。

「コーヒー飲むか?」

 隣のユーリィの様子を知ってか知らずか、眠そうな相棒の声がする。きっとぬるくなってしまっただろうコーヒーの香りがした。

「……アルベルト」
「なんだ」
「私は紅茶が好きだ」
「わがまま言うんじゃねえよ”坊ちゃん”」

 あくび混じりに男は言う。人を小馬鹿にしたような呼び名を訂正する代わりに、ユーリィは彼のもう片方の手に握られていた朝食のサンドウィッチを奪った。

吸血鬼殺しと魔術師殺し

計算された間を保って水滴が落ちる、その音をただ聞いていた。

「あのね」

 ベッドから甘い、少女の香りがした。

「あのね」

 その肉を食めば砂糖菓子のように甘いのだろうかと、同じ血の通った己の手を見た。大人になりゆく少年の、筋張った手だった。柔らかく、白い、少女の手とはかけ離れた無骨さは、同じ腹から生まれた兄妹とは思えないほど似ていない。
 たとえ同じ血を分けていても、ふたりは別個の存在なのだ。

「おねがい」

 よく晴れた日の、点滴が落ちる音を聞く、たったふたりだけの病室で、まだ青年になりきれない少年は黙し続ける。
 まだ幼い少女の手を、とることはない。



 瞼を通して突き刺す光が覚醒を促す。寝ている間はカーテンを閉めているはずだが、無粋な同居人は我関せずと勝手に自分の起床に合わせてカーテンを開ける。そうなると彼より遅く起きるのが常の青年は、窓から差し込む日光で強制的に起こされてしまうというのが、ここしばらくの朝の出来事だ。何度言っても彼は自分の習慣を直そうとしないのだから、もはや諦めの域に達している。
 仕方なく起きると、同居人は真っ白な頭髪を高く結い上げ、何か作業を始めようとしているようだった。

「おはよう」
「……おはよう」

 精悍な顔立ちに眠気の類は一切ない。対照的にあくびを噛み殺した青年は、ベッドから這い出るとのろのろとキッチンに向かった。まずは冷蔵庫の中からミネラルウォーターのボトルを取り出し、乾ききった喉を回復させる。食事を作るのは青年の仕事だ。気品のある顔立ちをした同居人はまさしく上流階級の出身だったらしく、家事全般がこの歳になってもまともに出来ない。それで二十年以上どうやって生きてきたのか問い詰めたことがあるが、当然といえば当然の答えが返ってきたことはまだ記憶に新しい。


※飽きた