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吸血鬼殺しと魔術師殺し3


 その名を隠して生きなさい、と、”ユーリィ”に言い聞かせたのは魔女だった。深い青色の目はいつもユーリィを見つめ、彼が生まれ持った運命を正しく理解していた。その上で、ユーリィの生き方には一切口出しをしなかった。ただ言ったのは、本当の名を隠すこと、それのみだった。
 実の兄を殺す旅になるだろう、と言い切ったユーリィに、彼女はその深海よりもなお青い目を少しだけ伏せ、そう、と柔らかに答えた。

「その魔女っていうのは?」
「分からない。君と出会う前に一度だけ、彼女と住んでいた場所を訪れたが」
「いなかった、か」
「家まるごと、な」

 この時代に目を覚ましてから10年が経つ。その半分以上を彼女の下で過ごしたユーリィにとって、青い目の魔女は母親とまではいかずとも、心を許せる家族のような存在だった。もう二度と会えないとは思わないが、彼女と過ごした家や庭、その空間がまるごとなくなっているという事実は、まるですべてが嘘だったのではないかとユーリィに囁いてくる。
 総じて魔女というのは長寿だという。人間と人間の間から生まれてきた人間だというのに、魔女はその体に満ちた魔力を使っていくことで体が変わっていく。人と同じ時間を生きる魔女もいれば、世紀を超えてなお若々しい魔女もいると聞くのだから、個体差は存在するのだろう。だが、あの青い目の魔女は、そうだと聞いたことはないがおそらく、長い時間を生きている魔女なのだろう。
 魔女や魔術師の生きる世界をユーリィは詳しくは知らない。彼女はそれを教えることをどこか嫌っていたようだったからだ。もしもアルベルトと出会い、魔術師を殺す彼の知識を得ることがなければ、ユーリィは彼らを無条件に信じきっていたかもしれない。すべての魔術師や魔女が彼女のように、穏やかな気質を持っている訳がないのだ。

「なんて名前だったんだ、その人」
「ノエル・アズライト」
「……アズライト?」

 ぴたり、と歩みを止めたアルベルトに、数歩遅れてユーリィも立ち止まる。振り返ると、相変わらずの癖毛を片手で乱しながら、彼は心底苦々しげな顔をしていた。

「……アズライトって、何だか知ってるか?」
「藍銅鉱、だったか。鉱石の名前だろう」

 その名を聞いたのは彼女と別れる日だったことを思い出す。ただノエルと名乗っていた彼女が、名前を隠して生きなさいと”ユーリィ”に言い聞かせた彼女が、大切な秘密を伝えるかのように小さな声で名乗ったのを、彼は覚えている。
 そういえばあの青い瞳は、藍銅鉱の深い青色の輝きによく似ている。

「……魔女っていうのはコミュニティを作るって、前、言っただろ」
「ああ」
「その中にな、宝石や鉱石の名前を名乗る魔女の集団があるんだ。”宝石の魔女”っていう、人数は少ないが、とんでもなく有能な魔女ばかりが選ばれ集まるコミュニティ」
「……?」
「俺の記憶が正しければ、なんだがな、ユーリィ。俺の知っている”アズライト”は、20年前、どこぞの国で殺されたはずなんだ」
「……まったくの別人が、その名を名乗っている可能性は」
「”宝石の魔女”は有名すぎる。”宝石の魔女”でもないのに貴石の名を名乗るのはある種のタブーなんだ、魔女達の中で」

 では、と、いつのまにか乾いていた喉が小さな声を吐き出した。
 では、10年前、あの場所で、ユーリィを買ったあの女性は、いったい誰だというのか。死んだという魔女が、何故、ユーリィを助け、五年もの間育ててくれたというのか。言葉にならない疑問はアルベルトに届くことなく、唇は冷たい空気を吐き出しただけだった。

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