2014/05/10 Category : 雑多 真白と黒崎 ソファーをまるまるひとつ占領した赤い髪の男は、静かに眠っている。 買い物袋と教科書が詰まった鞄を、出来るだけ静かにテーブルに置いた。買い物袋の中身が擦れる音、鞄の金具が触れ合う音、そんな微かな音でさえ、眠る男の覚醒に繋がるのではないかと私はいつも危惧している。 足音を忍びながらソファーの目の前に立ち、眠り続ける男を見下ろした。精悍な顔にはうっすら隈が浮かんでいる。よくよく見ればその赤い髪はわずかに湿り気を帯びていた。シャワーを浴びて、そのままソファーで眠ってしまった、というところか。それだけ疲れているということなのだろう。ソファーの背にかけたままの膝掛けを、彼の体に掛けようと手を伸ばし、躊躇する。やはり彼を起こしてしまいそうな気がしたのだ。 けれど私の危惧などお構いなしに、彼の瞼が小さく震え、黒い瞳が私を見据える。「……おかえり、真白」 寝起きの掠れた声が囁く。ただ一言、その言葉に返す一言を言いたいのに私の唇は動かない。少しだけ怖かった。何が、と言われても答えられないが、私は彼が怖かった。それ以上に彼のことを……いや。 何も答えない私を責めるでもなく、彼は微笑んだ。私と同じ年だったはずの少年は、知らない間に大人になってしまった。けれど微笑んだ顔に、かつて泣いていた少年の面影が確かに残っている。彼は私の知っている、あの少年なのだ。「ただいま……黒崎」 ようやく絞り出した声に、彼は――黒崎は、微笑んだまま満足そうに頷いた。 PR Comment0 Comment Comment Form お名前name タイトルtitle メールアドレスmail address URLurl コメントcomment パスワードpassword