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ジャックとノインテ・フィア

<ジャックとノインテ・フィア>

 父親から『ジャック・ペイジ』の名前と商売道具を受け継いだ彼女がまず足を運んだのは、客の元ではなく市場だった。
 四代目『ジャック・ペイジ』を名乗り商人として生きていく上で、一番のネックは護身だ。自分の身を守る程度の護身術は知っている。実践もできる。しかし、それだけでは心もとないことを、彼女はよく理解していた。商人に本当の意味での味方などいない。今日の客が明日自分に襲いかかってくる可能性は、常にそこにある。
 だが、本当の意味での味方がいなくとも、ある程度信頼できる味方は作ることが出来る。彼女が欲しているのは自分に忠実な使い魔だ。傭兵を雇うことも考えたが、必要以上のコストがかかる上に相性の問題がある。それならば最初から、人形のようなものでいい。とにかく、彼女の代わりに警戒し、戦う使い魔や傀儡が欲しかった。
 様々な種族でごった返す市場の中、使い魔商人のもとで彼女の目を惹いたのは、屈強な外見をした使い魔ではなく、長剣を抱いて座り込む青年だった。

「こいつは剣魔だ」
「剣魔?」
「抱いている剣があるだろう。そいつが本体だ。剣に宿った魔力やら何やらが精霊みたいになっちまったんだ。心配しなくとも、こいつは無害さ」
「どうしてそう言い切れる?」
「生まれたばかりだからさ。つい最近、そうやって体を作って一人で歩くようになった。赤ん坊みたいなもんだと思えばいい。教育次第でどんなものにも化けるぞ、こいつは。見た目も良い」
「確かに、見た目が良いのは認めるがね。しかし、私は護衛が欲しいんだ。有能な護衛が」

 腕を組み立ち尽くす彼女を見上げる剣魔の目は、光を反射して明るく輝いていた。一点の曇りもない銀色は、刃の色によく似ている。髪の毛もまた刃を思わせる銀色で、剣から生まれた精霊だと言われてみれば、確かにこれほどしっくりくる外見もないだろう。彼が腕に抱く長剣は飾り気が少ないが、鞘や柄を見ただけでも造りの丁寧さが窺える。それが彼の外見にも反映されているのだろう。ひとつひとつのパーツがバランスよく収まった容貌や、しなやかさと屈強さを併せ持った肉体は、観賞用に買われてもおかしくない。そこまで美しい剣魔を生み出した剣を、鞘から抜いた刃をこの目で見てみたいという衝動に駆られた。
 悪意や害意を一切含まない目は彼女から少しも逸らすことなく見つめ続けている。何度か小さく口を開閉した剣魔からこぼれた声は小さかったが、彼女には確かに聞こえた。

「俺を買ってくれ」

 
<ジャックとノインテ・フィアと名前>

「さて、私は君を、どう呼べば良い?」
「……?」
「名前はあるのか?」
「名前? ……俺を作った職人は、俺をノインテ・フィア、と呼んでいた」
「9番目の4? それは呼び名というよりは、君につけられた番号だろう」

 銀色のノインテ・フィアは、それがどうしたと言わんばかりに首を傾げている。彼にとって番号と名前に区別はないのだろう。
 詳しく話を聞いてみると、彼を作った職人というのは、ロット番号と、そのロットの中で何番目に作られたのかを示す番号を組み合わせて剣を区別していたらしい。ノインテ・フィアはその名が示すとおり、第9ロットシリーズの中の、4本目ということだ。つまり彼と同じような剣が、少なくともあと3本はあるということになる。第9ロットシリーズがいったい何本目まで作られたのかは、彼は知らなかった。彼が意識や自我というものを持つようになったのはごく最近のことだという。だとすれば、ただ剣として生み出された頃のことを、断片的にではあるが覚えている、そのこと自体が奇跡に近いと言えた。

「番号をそのまま名前にするというのは、少し味気ないな」
「そういうものなのか?」
「そういうものさ。私にジャック・ペイジという名前があるように、君にも名前をつけた方が良いのかもしれない」

 興味があるのかないのか、ノインテ・フィアは無表情に、ふうん、と返しただけだった。

「それなら好きにしてくれ。なまえ、というものが必要なら」
「ではじっくり考える事にしよう」

 




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