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bernadette

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陸奥と駿河と大和と日向と化学準備室

エアコンが完備された化学準備室は天国だ。少し薬品の匂いがする部屋だが、外の暑さと比べればなんてことはない。冷蔵庫も、ポットも、陸奥が愛して止まないチョコレートバーも揃っている。ここを天国と言わず何と言うべきか。冷蔵庫の扉を遠慮無く開け、冷やされたチョコレートバーを一本取り出し、包装紙を躊躇いなく剥ぐ。甘いチョコレートの香りが嗅覚を刺激する。
 口に入れたチョコレートバーの表面はひんやりとしていた。口の中の熱に徐々に溶けていくのが分かる。陸奥は冷房の温度を一度上げた。まだ、先生はおろか、他の生徒達すら来ない化学準備室は静かだった。

「あ、むっちゃんずるい」

 一番最初に来たのは、同じ一年生の駿河だった。

「ずるくない。私が自分で買ってきたんだもん」
「おれにも一本ちょうだい」
「やだ」
「ケチ」
「ケチで結構」

 気怠げな目をした黒髪の少年は、陸奥にそれ以上何か言うのを止めたようだった。代わりに、陸奥の向かい側の席に腰掛けたかと思うと、自分の鞄の中をゴソゴソとあさり出す。 少しして出てきたのは小さなタッパーだ。透明なプラスチック越しに、きつね色に焼けたクッキーが入っているのが陸奥からでも見えた。

「駿河、ずるい。日向先輩のクッキーでしょ」
「姉ちゃん特製。ずるくない。おれの姉ちゃんだし」

良いだろー、と自慢するかのように駿河がタッパーの蓋を開け、ぽりぽりとクッキーを囓り始める。丸い、何も変哲のないクッキーだ。だが絶妙な焼き加減と甘さ控えめな風味、さくさくとした食感がたまらなく絶品であることを陸奥はよく知っている。

「一枚ちょうだい」
「やだ」
「ケチ」
「ケチで結構」
「……何やってるんだお前ら」

 呆れたような声が頭上から降ってきたかと思えば、いつの間にか大和が来ていた。その扉が閉まる音に、少し遅れて話題の日向が姿を現す。二人とも、両手に段ボール箱を抱えていた。いつも通り、秋津の雑用をこなしていたのだろう。

「聞いてよ兄さん。駿河が私の目の前で、これ見よがしに日向先輩のクッキー食べるの」
「むっちゃんもチョコレートバー食ってんじゃん」
「お前ら相変わらず食い意地張ってるなあ」

 段ボール箱を秋津の机に置いた日向が言う。

「クッキーくらいいつでも作れるよ。陸奥も食べる?」
「食べる」
「即答かよ」
「じゃあ明日持って来るよ」

 少し暑いな、と大和がエアコンの温度を一度下げた。お茶淹れるよ、と日向がポットに水を入れ、四人分のビーカーを洗い始める。姉ちゃんおれ手伝う、とタッパーに蓋をした駿河がするりと立ち上がった。陸奥は一人、六人掛けのテーブルの上で頬杖をつき、ぼんやりと眺める。秋津はまだ来ない。二年生の和泉や出羽もまだ来ないようだ。そういえば、出羽はここ二週間ほど顔すら見ていない気がした。サボり癖のある彼だが、放課後の化学準備室にだけはこまめに顔を出していたはずだが、珍しいこともあるものだ、と一人思う。彼とよくつるむ和泉も、今週会った記憶がない。はてどうしたことかと聞こうにも、大和は秋津の机に置いた段ボール箱の中身を探っているし、日向と駿河のきょうだいは、仲睦まじげに茶を淹れる準備をしている。
 秋津先生早く来ないかなあ。化学準備室のいつものメンツには秋津も含まれている。暑い夏でも涼しいここは天国だが、さらに天国たるには皆が敬愛して止まない秋津が居なくては始まらない。
 陸奥が小さく呟いたのを見計らったかのように、廊下に通じるドアが開いた音がした。
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