忍者ブログ

bernadette

Home > ブログ > > [PR] Home > ブログ > 奇談 > 紀伊と信濃と日向とシュークリーム

紀伊と信濃と日向とシュークリーム

 黙々と針に糸を通し、縫っていく。

「ねえねえ、これほんとに治るのかなあ」

 少し間の抜けた声は紀伊だ。

「さあ」
「さあって」

 秋津先生が言ったことだからそうなるんじゃない、としか、言いようがない。一周まつり縫いが出来た信濃は慎重に玉結びをして、糸を切る。紀伊も同じだ。テーブルを挟んで向かい側に腰掛け、横たわった出羽の体と、左腕を縫い繋ぐ。
 ここしばらく姿を見せなかった出羽を一番最初に見つけたのは、彼とよくつるんでいる馬鹿、こと、和泉だった。見つけたと言っても、その時には既に、出羽の体はバラバラだったという。冷房が効き過ぎたスーパーで、和泉が398円(税抜)で買ってきたのは出羽の頭だけだった。そのあとすぐ、皆の先輩である大和と日向が業務用スーパーで胴体を買ってきた。税抜998円だった。両腕は自販機から出てきた。買ったのは紀伊と信濃だ。それぞれソーダとカフェオレの缶を買おうとしての時だった。合わせて260円である。一番最後に、秋津が両足を持ってきた。ホームセンターのペットコーナーに置かれていたらしい。値段は残念ながら聞けなかった。
 一通り揃った出羽の体を縫って繋げるように言ったのは秋津だ。幸運なことに、この暑さの中でもさほど出羽の体は腐敗が進んでいなかった。スーパーでも業務スーパーでも自販機でも、十分冷やされていたからだろう。唯一両足が心配ではあったが、ペットコーナーもそれなりに涼しかったのでおそらく大丈夫だ、とは秋津の言だ。彼の言葉に従って、手の空いている紀伊と信濃が縫い繋げることにした。ご褒美のアイスに釣られたとも言う。なお、第一発見者の和泉は宿題を忘れたということで、秋津の監視のもと泣きながら宿題をしている。やはり、馬鹿である。

「二人とも、お疲れさま」

 少し低い、艶やかな声は日向だった。セーラー服から伸びた腕の白さが眩しく、信濃はそっと手を止めて目を細めた。うらやましくなるほどの肌の白さは、夏であっても変わらないらしい。

「日向せんぱーい。だいたいくっついた!」
「それは良かった。あとは頭か」
「頭は秋津先生が」
「一番大切なパーツだからね」

 首のない少年の体は、それだけではまだ、誰の体なのか分からない。個を特定するための頭が必要だ。自然と三人の視線が、部屋の隅に置かれた大型の冷蔵庫へ向かう。野菜室に詰め込まれた頭は、おそらく、冷え冷えとしているだろう。
 ともかく、両腕を繋ぎ終えたということは、紀伊と信濃の仕事が終わったということだ。

「よく出来てる。あとは大丈夫だろうし、お茶にしようか」
「わあ、日向先輩、その箱って」
「駿河達には内緒だよ」

 笑って、人差し指を唇に当て、日向が取り出したのは学校近くの喫茶店のロゴが入った箱だった。思わず紀伊と顔を合わせ、にんまりと唇を吊り上げる。日向は乙女心をよく理解している。喫茶店「地球儀」のシュークリームは絶品で、この学校の女子生徒なら誰でも好きな、大人気商品なのだ。さらに言えば、この化学準備室に集う生徒達の大好物でもある。
 裁縫道具を手早く片づけ、信濃はうきうきとお茶の準備を始めた。簡易IHコンロに薬缶を載せ、愛用しているお茶用ビーカーを三個。紀伊は甘い物が好きだから、粉末のココアを、信濃はアップルティーのティーバッグを、日向にはインスタントコーヒーを。焦らずとも、秋津は和泉の宿題の見張りでしばらく戻ってこないだろうし、駿河や大和は秋津に出された課題のために外を走り回っているはずだ。出羽はもちろん、頭がついていないのだから、三人が美味しい美味しいシュークリームを食べたところで知る由もないだろう。
 飲み物が揃ったところで、三人はそれぞれ顔を合わせ、いたずらっ子の笑みを浮かべた。そして小さい声を合わせて言うのだ。

「いただきます」

 かぶりついたシュークリームからは、甘い、クリームの香りがした。

PR

Comment0 Comment

Comment Form

  • お名前name
  • タイトルtitle
  • メールアドレスmail address
  • URLurl
  • コメントcomment
  • パスワードpassword