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bernadette

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ご飯が食べられない那岐くんのお話

 学校近くの惣菜屋の、キッシュがとても美味だと言ったのは黒崎だ。学生や近くの会社で働く人々で溢れかえる昼間を過ぎ、おやつの時間に近い頃訪れると、出来立てのキッシュが食べられるという。
 何故そんなことを知っているのかと聞くと、彼のバイト先の雇い主が、この惣菜屋の主人と懇意にしているからだと言う。ちなみにキッシュは雇い主の好物であり、彼は時折、アルバイトの黒崎を買いに走らせるらしい。キッシュの味の良さは黒崎と、彼の雇い主二人分のお墨付きだ。

「そんなもんだから、まあ、大丈夫だよ。あの人、食べ物の好き嫌い多いくせに、この店のは何を食べても旨いって手放しに誉めてたから」

 紙袋から取り出したのは白い包みで、その一つを那岐に差し出しながら、黒崎は自分の分の包みを器用に開けた。とたん、クリームと卵、チーズと野菜の香ばしい香りが部屋に広がり、今更のように空腹を思い出す。程良く焼き目のついたキッシュは分厚く、一切れで十分腹が膨れそうだ。おそるおそる受け取った包みはまだ、ほのかに温かい。
 さっさとかぶりついた黒崎を後目に、両手で受け取った食べ物をじっと見つめた。那岐にしてみれば誰かは分からない誰かが作る、温かな食べ物だ。次いで差し出されたのは缶コーヒーだった。普段はブラックを飲む彼にしては珍しく、砂糖とミルクがたっぷり入ったものだった。こちらも温かく、惣菜屋から那岐の家に来るまでの間、自販機かどこかで買ってきた物だろうことは容易に知れた。
 那岐がキッシュに口を付けたのは、先に食べ始めた黒崎が食べ終え、食後の一服と言わんばかりに缶コーヒーを飲み始めた頃だった。

「な、旨いだろ」

 分厚いキッシュのほんの端を少し、それでもチーズの深みと野菜の素朴さが舌の上で優しく広がった。想像したよりもあっさりとした風味で、疑い深い那岐の味覚を滑り、胃を満たしていく。美味しい、と小さく応えると、黒崎はそうだろう、と満足げに笑った。

「昼の弁当も旨いんだよな。つっても競争率高いんだけど」
「……」
「あとあの人美味しいって言ってたのは、カスタード入ったアップルパイもだな。おすすめ。次行ったときにあったら買ってくるわ。甘いもの別に嫌いじゃないだろ?」
「……お願いします」
「コーヒーも飲めよ。甘いもの摂ると疲れとれるっていうしな」
「ありがとうございます……」
「あーほら泣くなよ。せっかく旨いもの食べてるときにさー」

 無造作に放られたのはハンカチだった。几帳面に畳まれたハンカチを借りつつ、知らない洗剤の香りに心底安堵した。鼻をすすると間髪入れずにポケットティッシュが飛んできたが、ベッドサイドにある箱ティッシュを使うことで、新品のそれを開けることはなかった。

「……おいしいです」

 もう一度口に出す。悪意も何もない、誰か大勢のために作られたような、安全で温かな食事は久しぶりだった。好意とその向こう側にある害意に傷ついていた味覚が喜んでいる。さらに一口、一口と口に運びながら缶コーヒーを開けると、黒崎は少しだけはにかんだ。
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