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bernadette

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不幸の影踏む都守

 花の街に住む博士から帝都に住む先生へ、手紙が来た。ちょうど花の街も帝都も春卯月、薄紅色の花々が咲き誇る時期のことだった。
 それに合わせたのか薄紅色の封筒に、白い便箋で、少しだけ神経質そうな文字が並んでいた。封筒の中からは微かにお茶の甘い、枯れ草のような香りがする。博士はいつもはお茶屋を営んでいるから、その香りなのだろう。

「先生。せんせーい。お手紙です」
「はいはい。誰から?」
「博士からです」
「アイツからか」

 やだなあなどと言いながら、先生の表情は穏やかだ。いつものことだ。この人はのんびり屋さんで、滅多なことでは怒らないし慌てない。そのくせ遅刻はしないのだから不思議だ。
 柔らかな白髪に小綺麗な白衣を着て、先生は新しく買った本を抱えていた。何の本なのかは僕は知らないが、先生のことだ、また何か、おもしろいことをするつもりなのだろう。後片付けが楽だといいな、とだけ思う。

「なんて書いてたの?」
「えっとですね」

 暗に僕が読んで良いと言っているようなので、遠慮なく便箋を広げ、ざっと目を通す。几帳面だがどこか張りつめたような緊張感のある字が並んでいる。紛れもない博士の字だ。字にはその人の性格が表れると言うが、まさしくそれだ。
 書いている内容はすばらしく簡潔で、人嫌いの気がある割に分かりにくく親切な博士らしい、と少しだけほほえましい気分になった。

「えっとですね」
「うん」
「不幸に気をつけろ、だそうです」
「あらまあ」
「最近花の街で不幸が流行っていて、博士も二件くらい捕まえた? そうなんですけど。なんだか不幸が列車に乗って帝都まで来ちゃったんじゃないかって噂があるらしいです。旅人の皆さんがそう言ってるとか」
「あららー」

 なんとも気の抜ける反応をいただいたが、これが僕の先生の常である。少し目を見開いて驚いたような顔をしているが、緊張感はない。

「先生」
「なにかな?」
「不幸、てなんですか?」

 素朴な疑問を口にすると、ぱちぱちと大きく瞬きをした先生は沈黙した。本を抱えていない方の手で自分の白髪を撫でる。どう説明したものか迷っているようだ。眉尻がほんのり下がり、情けなさそうな表情である。

「不幸は……不幸、だね」
「まあ、そうでしょうけど」
「それとしか言いようがないんだなあ」

 僕が首を傾げると、先生も首を傾げた。それとしか言いようがないとはこれ如何に。
 とりあえず博士の言葉をまとめるならば、不幸、とは、流行するもので、捕まえられるもので、列車に乗って帝都まで流れ着くようなもの、らしい。病気のようなものなのだろうか、とも思ったが、いかんせん名前が『不幸』なものだからよく分からない。とにかく、良いものではないということだけは確かだ。
 それ以外確かではない、とも言うけれど。

「ワタシもねえ、何度か遭遇しているし、対処方法は分かるんだけど。でも、どんなもの、とは一概に言えないんだなあ」
「形はないのですか?」
「まちまちだよ。形があったり、なかったり。あってもそれぞれ違う形だから」
「参考までに、どんな形だったのか教えてもらえませんか」
「ううん。じゃあ、ワタシが一番最後に遭遇した不幸だったんだけど……」

 髪を撫でていた手が顎をさすり、穏やかな声が語り出す、その時、外から鐘の音がした。先生は口をつぐみ、二人そろって窓の外へ目を向ける。
 この辺りで鐘が鳴ると言うことは、時計台の鐘が鳴ったということだ。懐中時計を取り出し確認したが、昼の鐘にはまだ早い。それを口に出そうとしたところでもう一度、鐘が鳴る。僕と先生が住む部屋を抜け、遠く遠くへ響いていく。
 先生のため息が聞こえた。

「どうやら、来てしまったみたいだ」

 三度目の鐘が鳴る。
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