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bernadette

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夜の終わりに

眠気に霞んだ視界いっぱいに広がるのは、人気のない、夜更けの街並みだ。ガラス一枚隔てた向こう側の世界はあっという間に過ぎ去り、オレンジ色の街灯と、煌々と輝くコンビニエンスストアの看板の光ばかりが尾を引いて消えていく。対向車線に他の車の影はなく、後続車もない国道の先はよく見えない。それにも関わらず車は法定速度を優に越えたスピードで走り続ける。このまま進み続けた車はどこかにその勢いのままぶつかるのではないか、という恐怖がふと沸き起こる。ただの杞憂だと自分に言い聞かせるように、黒崎は窓から視線を外した。
 あくびを一つかみ殺し、運転席をちらりと見やる。隈の浮いた菅野は気怠げにハンドルを握っていた。
「……煙草臭い」
 とっさに思いついた言葉を口にすると、彼は疲れた顔に薄い笑みを貼り付けた。酷い顔色だ、と指摘しそうになった言葉を飲み込む。まるで今にも死にそうな顔をしている菅野は直視するに堪えず、結局窓へ顔を背けた。
「禁煙したんじゃなかったの」
「そんな話もしたな」
 軽い調子を装った言葉の裏に、確かな拒絶の色を感じ取り、黒崎は押し黙った。黒崎が口を噤めば菅野もまた沈黙を保ち、車内に満ちるのはありきたりなラブソングばかりになる。流行のポップ・チューンの音は耳に痛い。恋の不安を歌う明るい声が無性に馬鹿馬鹿しく、黒崎は手を伸ばして勝手に曲を変えた。車に備え付けられたオーディオの画面に目が眩む。無機質な黒い文字を辿り、結局黒崎が選んだのは、彼女が以前彼に貸した海外アーティストのロックアルバムだった。
 馬鹿馬鹿しいのはポップ・チューンばかりではない。日付の変わり目もとうに過ぎ、夜明けに近い時間にわざわざ車を走らせているのは黒崎の意志ではない。むしろ黒崎はただのおまけのようなもので、隣でひたすらにハンドルを握る菅野が何も前触れもなく黒崎のもとを訪れたのがそもそものきっかけだった。電話やメールも何もなしに、深夜、黒崎のアパートにやってきた菅野はドライブに行こう、とそれだけを口にした。そこで断ってしまえば良かったものを、なぜか黒崎はジャケットを羽織り、財布と携帯電話だけを手にして助手席に乗りこんでしまった。馬鹿馬鹿しいのは己自身だ。何もかもすべて拒絶するような空気を纏った男が、このまま一人で死にに行くのではないかと想像してしまったのだ。
 では愚か者は一人なのかと言えば、きっとそうではない。踏み続けるアクセルはまるで何かに追われているようで、規則正しく並んだ街灯があっという間に消えていく。それと知られないように深呼吸をした。できるだけいつもの調子を装って、口にした言葉が空しくならないように祈る。
「バカだなあ、菅野」
 ハンドルを握る手が震えたのが見えた。
「……いきなりなんだよ」
「そのままの意味だけど」
 軽い調子を装いながら、その裏に深い拒絶を隠し、だというのに黒崎のもとにやってきたこの男を心底愚かだと思う。何もいらないと拒みながら、深夜のドライブに道連れを欲した男は、それを意識している訳ではないのだろう。意地を張った子供が裏腹な言葉を吐き出すように、菅野は深い矛盾を抱えている。彼の矛盾を愚かだと笑いながらも、それと同じくらい、黒崎には愛しい。

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