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bernadette

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楽園から追い出された人

・クド・コーヘ
・ベネトナシュ(ベネット)
・シンジュ

<三日目>
 三日目の朝は雷雨だった。
 背中の痛みで目が覚めたクドの気分は最悪だった。常より一時間以上早く目覚めたが、眠気よりも苦しみの方が勝った。ベッドサイドの携帯端末に手を伸ばし、スリープモードに移行していたナビを起動する。黒い画面に、白い破片が舞い落ちる。夜に降る雪のような起動画面は数秒で、ぽん、と軽い音を立てて彼の相棒は目を覚ました。端末のスピーカーをオンにする。耳元で聞くより不明瞭だが、まるで同じ部屋にいるような音声を、実はクドは気に入っていた。

「ベネット。朝の頭の運動だ。今日の天気と……気圧の変化を簡単に」
『グッド・モーニング、マスター・クド。今日の天気は雨のち曇り。気圧は午後にかけて徐々に上がる。気圧変化の予想数値とグラフは必要か』
「いらない。俺が寝ている間に連絡は」
『ショートメッセージが二件。どちらもレイ・ブローディ博士からだ』
「内容は」
『午前三時四六分に【後片付けはまだ終わらないのか】。その五分後に【すまない、そちらは早朝だったか。後で連絡をくれ】』
「時差を忘れていたのか。あの天才は妙なところで抜けている」
『新しいニュースが五件。読み上げるか』
「いらない」

 ベッドの中で寝返りを打つ。うつ伏せになろうが仰向けになろうが横になろうが、背中の痛みは収まらない。ひゅう、と長く息を吐く。ホテルの空調は温度管理は完璧だが、湿度管理はまったくなっていない。乾燥した空気で口の中が乾ききっていた。


<楽園>
 背中に白い翼を背負った子供たちは皆、幸福そうな顔で遊んでいる。あるいは、幸福であるという意識を全身にまとい、神に愛される至上の喜びを体現している。
 歪んだ光景だ、と一人一人の首をはねてしまいたい気分だった。

「ヤツらは知らないんだろう。柵の向こう側の汚濁を。渦巻く人間の欲望を。腹を捌けば内臓が飛び出て、頭を割れば脳味噌がぶちまけられる。何が天使だ。お前たちも同じ、人間だろうに」

 幸福と秩序で満ちた世界から、惨憺たる無秩序の世界に落ちた人間は、それまでの楽園を信じることができなかった。己のいた神の膝元は、愛に満ちあふれる空間が、どれだけの犠牲の元に成り立っていたのか、その残酷さに気付いたが故に、もう戻れなかった。
 かつて天使だったはずの少年の目の前で、とある子供が死んだ。それがそもそもの始まりだった。病に冒された体で血を吐きながら、天使であった少年に憎悪と苦痛と羨望を叫び、死んでいった。
 呪われてしまえ、とその子供は言った。その瞬間から、清らかで神に愛されるはずの天使は、翼を失ったのだ。

<呪い>
 呪われてしまえ。呪われてしまえ。呪われてしまえ。お前たちは天使だと言うがそれは嘘だ。天使だというのなら空を飛んでみろ。偽物の翼で飛べるものなら飛んでみろ。この街の上を。あの高層建築の屋上から。お前たちは飛べないだろう。醜く落ちていくだろう。私たち人間と同じように、泣き叫びながら地面に落ち、これ以上ないほど悲惨な死体を晒すだろう。脳漿を、内臓を、血を、汚物をまき散らし、この世界を恨みながら、飛べない己を憎みながら、死ぬだろう。病に冒された私のように。醜く死に、その亡骸は一生晒されるだろう。
 呪われてしまえ。呪われてしまえ。呪われてしまえ!
 何が神だ。何が天使だ。何が幸福だ。何が秩序だ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。神は何故私を助けてくれない。何故飢えた人たちに食べ物を恵んでくれない。何故病を治してくれない。何故、翼が生えただけの異常者ばかりに幸福が降る。
 お前の一生に呪いあれ!

<解答>
 早く地下街に戻りたい、と思った。あの、コントロールされた空調の中を、清潔な世界を歩きたい。朝も昼も夜も変わらず正常な街の中で生きていきたい。地下鉄は毎日時刻表通りに運行され、安全に作られた食事が保証され、退屈なニュースが配信される。病気にかかれば病院を受診し、治療し、また元通りに生活を営む。貧富の差は少なく、どんなに貧しくとも最低限の生活が保障される。
 分かっているのだ。あの日、楽園から落ちた天使は混沌の中に生きることは出来なかった。管理された楽園から、管理された地下街へ、ただ、移動しただけだ。己の身体を使い、荒れた人波の中を歩くことなど、出来なかったのだ。この街が正しいのか間違っているのかと問われれば、圧倒的に間違っている。貧しい者は今日という一日を生きるのにも苦労しているというのに、富んだ者は豪奢な食事を捨てる。力ない者は力ある者に圧倒され、幼い子供でさえ犠牲になる。それが許されるこの街は、間違っている。
 だが、それを否定することはクドには出来ない。クドに、否定することは許されない。彼らの亡骸を踏みつぶしながら安穏と生きてきた天使に、理解できない世界だとしても、それが彼らの世界なのだ。富んだ者は何かの弾みに転落し、貧しい者がそれに取って代わるだろう。幼い子供は成長し、かつての己が受けた苦しみに克つだろう。力ない者はいつか、力ある者として誰かを助けるだろう。理不尽と暴力と退廃で満ちた世界には、可能性がある。
 そうでなければこの街がこんなにも人の声で満ちあふれるはずなどないのだ。

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