2013/12/13 Category : NBM レイン、レイン 「おねえさん」 突然の雨にさざめく雑踏の中、空色の傘を差した少年がじっとライラを見つめていた。 不思議な少年だとライラはいつも、彼を見るたびに思う。まだ成長期が始まったばかりの、不安定な声をした少年は妙に大人びている。多感な年頃だろうにライラ以上に落ち着き払った態度をとり、その表情は何を考えているのか分からない、感情の見えない顔をしていた。そのくせライラを「おねえさん」と呼び、無表情ながらに彼女を慕う。とはいえそれは、家出してきたという彼を匿っているライラに、ある程度の信頼を置いているからなのだろう。ライラが借りる狭いアパートの一室で、文句の一つも言わずにライラの代わりに家事を済ませ、静かに本を読み、時にこうして迎えにやってくる。 小さな騎士様のお迎えね、と、ライラの先輩がからかい笑った。言葉に悪意はなくとも羞恥は感じる。頬が赤くなるのを自覚しながら、ライラはそそくさと先輩に別れを告げ、少年の元へ駆けた。「アレクセイ」「お仕事、お疲れ様です。雨が降っていたので迎えに来ました。傘、持って行かなかったでしょう」「ええ、そうなの。どうしようかと思っていたからうれしい。ありがとうね」 少年に差し出された傘は白地に薄青のストライプの入った、ライラの傘だった。少し古びたそれを差す。とたん、傘の生地打つ雨音が近くなる。予想外の雨に、傘を持たない人々が横を足早に過ぎ去っていった。会社を振り返ると、一緒に外に出たはずの先輩や同僚はもう既にいなかった。こんな天気の日は、誰もが自然と急ぎ足になる。 おろしたてのディープブルーのパンプスが汚れてしまわないか、それが心配だった。エナメル生地のシンプルなそれは、そういえば、一緒に買い物に行った少年が、どういう訳か気に入ったものだった。きれいないろですね、と彼は呟いた。きっとおねえさんに似合います、とも。 綺麗な色をしているのは彼の目もそうだった。深い青色は深海を思わせる色合いで、いつもライラを見つめている。物言いたげな、しかし決して語らない、いまだ成長しきらない少年の二つの目。彼の言葉とその色が妙にライラの中に残り、結局買ったのだった。彼が使う物を買いに来たのに、と謝るライラに、彼は静かに首を横に振り、おねえさんが気に入ったのなら良かった、と、どこか表情を和らげて答えてくれた。「おねえさん、そのパンプスは、先週買った物ですよね」「うん、そうよ」「やっぱり、おねえさんに似合います」 アレクセイの言葉はいつもストレートだ。少なくとも、彼と出会った二週間前から、彼の言葉はまっすぐにライラのもとに届く。彼はどうやら、表情ではなく言葉そのもので語る性質のようだ。また頬に熱が集まるのを感じながら、ライラは小さくありがとう、と返した。目の前の少年は、不思議そうに首をかしげてライラを見上げている。「なんでもない、なんでもないんだけど。……そうだ、今日は何を食べようか。買い物をしていかないとね」「今日は少し寒いので、温かいものが食べたいです」「それなら、ポトフでも作ろうか」 ゆっくりと歩き出すと、アレクセイもまた、ライラに肩を並べるように歩き出す。目の前を過ぎていく人々よりも足取りをゆっくりと、まだおろしたばかりのパンプスを汚さないように、慎重に行く。くるり、と視界の隅で空色が回った。まるで幼い子供がするような動作に、そういえば彼もまだ子供の部類に入るのだと実感し、ライラは少しだけ、口元を緩ませた。・ライラ……わりと鈍感な一般人・アレクセイ……わりと計画的犯行をする非一般人 PR Comment0 Comment Comment Form お名前name タイトルtitle メールアドレスmail address URLurl コメントcomment パスワードpassword