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bernadette

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Dame du Lac


 『ファーム』で買った幼い暗殺者が初めての仕事を成功させた時、褒美に求めたのは名前だった。
 もともと買ったときからその子供に名前はあった。いくら人殺しを作る『ファーム』でも、いや、それだからこそ、商品にはそれなりの扱いを保証していて、もちろん名前も与えていた。別に俺はその名前で良いと思っていたのだ。栗色の長い髪に鮮やかな緑の目。それによく似合った名前だった。

「今の名前は嫌いか」
「いいえ、そういうわけじゃないんですけど。でも、マスターから名前をいただきたいんです」

 ソファーに座り書類を読む俺の膝に少女は遠慮なく乗り上げた。だからといって俺の仕事の邪魔をすることはなく、ただ、膝の上に体を載せ、何をするわけでもなくそこにいる。重くはない。小柄な体は俺が片腕で抱えられそうなほど細く、そして軽い。
 書類を目で追いながら、ある程度の予想はついた。ペットに名前をつけるようなものだ。何かに誰かに名前を与えると言うことは、それを己の所有物にするということに等しい。自分の主に命をかけるほどの恋をするこの子供にとって、主から名前を貰うという行為は何物にも変えられない証になるのだろう。自分はこの男の物なのだということを形にしたいのだ。いや、あるいは俺に、それを実感として残したいのか。いずれにせよ、子供ながら末恐ろしいことを考える。本人がそれをどこまで自覚しているか、というのは不明だが、少なくとも名前をつけることの意義は幼いながらに理解しているに違いない。
 とはいえ、それを断るほどの理由がないのも事実だ。これはある種の契約に近い。盲目的な恋をする子供は俺のために汚れ仕事をなんだろうとこなす。俺はただ享受しているだけ、ではない。働きに見合う程度の報酬を与えねばならない。口に出して言ったわけではないが、少なくともそうしなければならないのだ。それを怠って己の身を滅ぼす愚者になりたくはない。なにせ相手は年少ながら、俺よりよほど強いのだから。
 ではどうしようか、と考えつつ、答えはほぼ決まっていた。

「ヴィヴィアン」
「?」
「は、どうだ」
「ヴィヴィアン」
「そうだ」
「それがあたしの、新しい名前ですか」
「気に入らないか」
「いいえ!」

 ぱ、と顔を輝かせた子供は体を起こすと、その全身で喜びを表現しようとばかりに俺の首に腕を回して抱きついた。子供の体温はあたたかく、かすかに甘い香りにくすぐられたような気分になる。

「すてきな名前です。ありがとうございます!」
「そうか」
「えへへ」

 耳元で聞こえる声はずいぶんと上機嫌だ。よほどお気に召したらしい、子供は鼻歌でも歌い出しそうな様子だった。俺は書類を一枚めくりつつ、部屋の隅の本棚にひっそりと目を向ける。本棚に収められた古びた本を、その中に書かれたとある王と騎士の物語を、はたして少女は知っているのだろうか。我ながららしくない命名だと思いつつ、心の底から嬉しそうに笑う子供には、結局、それ以上何も言わないままにした。


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