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bernadette

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通り魔と家主とナイフ



 部屋に転がった物の山を見た。黒崎の服、ベッドに置いていたはずのクッション、ソファーにかけていたブランケット、スナック菓子の空、本棚に並んでいた絵本、ナイフ。一際物騒なナイフに伸ばした指を、触れる寸前で止める。
 見渡した部屋は住み慣れた自分の部屋のはずだというのに、どこか違和感ばかりがつきまとう。その理由は明白で、それゆえに黒崎は深くため息をついた。浴室から届く上機嫌なメロディを聴きながら、踏みかけた自分のジャケットを拾い上げ、適当なハンガーにかける。どこか調子外れな歌声はテレビでよく流れる流行のポップスのようだった。
 触れられなかったナイフはあまりにも無造作に投げ捨てられ、剥き出しの刃に当たった照明の光が、白く眩しく視界を占めた。
 黒崎の部屋に住み着いた通り魔を、黒崎はヒトというよりもある種のペットのようなものだと受け取っている。その身一つで黒崎の部屋に入り込んできた通り魔は妙に人懐こかったが、その奥に潜んだ殺意を思うと到底同じ”人”であるとは思えなかった。当然のように人を殺したことのない黒崎には、殺人を繰り返す通り魔の精神を正しく理解することはできない。いっそ話が通じなければ良かったのだ。だが通り魔は黒崎に笑顔を向け、使った物を片付けろという言葉以外にはよく従った。言葉を解せない狂人であれば躊躇いや容赦も生まれなかっただろう。理解できない行動を繰り返しながらも部屋の主人の命令に従うさまは、まさしくペット以外の何者でもない。それを通り魔本人が自覚しているかは定かではないが、その新種のペットが部屋に転がり込んできたことにしばらく悩んだ末、通報しようにも出来ない黒崎はそう結論づけた。
 その通り魔が持っていた数少ない私物が、黒崎の足元に横たわっている。

「くろさきー、ボディーソープきれたぁ」
「洗面台の下に予備が」
「入ってないぜ」
「マジか。買いに行かないと」

 じゃあ留守番してる、と浴室から顔を覗かせた通り魔の伸びた髪から、水滴がぽたぽたとフローリングに落ちた。

「髪の毛、ちゃんと乾かせよ」
「はーい」
「もし外に出るなら」
「鍵はちゃんとかけて郵便受けに、だろ?」

 足元のナイフを踏み越えて、黒崎は財布を片手に玄関へ向かう。いってらっしゃーい、と、やはりどこか上機嫌にかけられた声に応えながら、もしかしたら誰かの体に刺さったかもしれないナイフを思い、憂鬱な気分になった。


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