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bernadette

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プライベート・ミュージアムにて2

朽木美術館ネタ

・今月の展示『植物標本』

「館長、これなんすか」
「植物だ」
「植物なのは見りゃ分かります。具体的な名前を知りたいんすけど」
「学名はない。通称もない。つけられるほど簡単な花ではないからだ。強いて言うならば寄生植物だ」
「……」
「基本的に人の体内に寄生して、人の体内で花を咲かせる。咲いた花は万能薬を作る材料になる」
「……花の色、綺麗な白っすね」
「人の体の中で咲いたとは思えないほどの純白だろう」


・今月の展示『装身具』

「人を強く思う気持ちはいずれ呪いとなる。それだけの話だ」
「それが、幸せになってほしいっていう思いでもですか」
「そうだ。だからそのペンダントは呪われている。それを贈られた誰かだけを思い続けたペンダントが、他の誰かの手に渡ったところで、他人を幸福にするわけがないだろう」


・今月の展示『鉱物標本』

「館長、これなんすか」
「水晶だ」
「水晶なのは見りゃ分かります。俺が言いたいのは、この中に入っている何かです」
「インクルージョン……内包物だ。結晶する時に、他の鉱物だとか、気体、液体、そういうものを含むことがある。琥珀にも虫入り琥珀のようなものがあるだろう。それだ」
「でもこれ、中に入ってんのって鉱物でも気体でも液体でもないんじゃ」
「だが水晶の中に入っているだろう。ならばインクルージョンと言っても差し支えなかろう」
「何かの骨でも?」
「誰かの骨でも」
「館長、これ本当に水晶なんすか」
「さあな!」


・今月の展示『絵画』

「俺、この絵、嫌い」
「そう言ってやるな。なかなか美人じゃないか」
「死んでますけど?」
「花の中で眠っているとは思わないのか」
「……」
「黒崎、お前はこの絵に何を見ている? お前はなぜ、この絵の女を死んでいると考えた? なぜ、この絵を嫌う?」
「……」
「答えは簡単だ。お前にはこの描かれた女が、既に死んだ、お前の知っている誰かに見えているからだ。そういう絵だ。かつて死んだ恋人に一目遭いたいと魂を削った誰かの絵だ。だからこそ、この絵には、見る者にとって懐かしい、死んだ誰かとなってその目に映る。ただそれだけの話だ」


・今月の展示『禁書』

「本の表紙だけ並べて中見ちゃだめってどうなんすか、それ。展示する意味あるんすか」
「あるんだな、これが」
「世の中って変な人ばっかりじゃないすか」
「違う違う、そうじゃない。つまりこうだ。彼らはその本が存在していることを知りたいだけだ。中身を読もうとは死んでも思わんだろう。……いや、死んだら何の憂いもなく読めるから読もうとするかもしれんが……」
「だいたい分かってきたぞ……」
「興味があるなら好きなものを手に取って読むと良い。鍵はそこだ。ただしすべて自己責任だ」
「謹んで遠慮いたします」





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プライベート・ミュージアムにて

冬の終わりに訪れたその町にひっそりと佇む、ガイドブックにも載っていない美術館に、どうにもこうにも心が惹かれた。電車を降りてふらふらと、目的もなくレトロな町中をさ迷い歩いていたさなかに見つけたそこは、飾り気のない看板に「朽木美術館」とだけ書かれていて、いかにも個人が趣味で開いたような雰囲気を漂わせていた。大通りを外れて住宅が多く並ぶ小路の中、その建物は確かに、普通の家ではなく、美術館とは言わずとも、何かを収蔵していそうな外見はしていた。だが、何も前情報もなしに入るには気が引けるだろう。もしも私がこの町の観光客だったならば、興味はそそられようとも中に入ろうとは思わなかったに違いない。
 だが、ほんとうに、どういうわけだか、心が惹かれたのだ。魅力を感じたとか興味を持ったとか、そうではなく、心が惹かれた。ここに入らなければ、という義務感にも似た感情だった。気付けば春間近のまだ冷たい空気を切って、重厚なつくりのドアを開けていた。
 ドアの向こうにはガラス張りの短い廊下があった。向かって右側には小部屋があり、電気はついていなかったが、カウンターとスツール、背後の棚に並んだカップを見るに、美術館併設のカフェのような、そんな役割の場所のようだった。通路の向こうにはもう一枚の扉があり、おそらくそれを開いた先に展示室があるのだろうとあたりをつけた。
 おっかなびっくり開けた展示室のドアはやはり重く、中は廊下の明るさとは真逆の薄暗さだった。目が暗がりに慣れず、目の前が真っ暗になる。後ろ手にそっとドアを閉じたタイミングで、人が動いたような気配がした。

「いらっしゃいませ。一名様ですか」

 若い、少年と言ってもいいくらいの声だった。何度か瞬きを繰り返すと、薄暗い空間には抑えられてはいるが確かに照明が灯され、ドアを開けてすぐのところにカウンターが設置されているのが確かに見えた。そのカウンターに一人、腰かけていたのは少年だった。まだ高校生くらいか、精悍な顔立ちに残る幼さに一瞬、ここが美術館だという事実を忘れそうになった。最低限まで落とされた照明の中で、どうやら黒髪ではない少年の、赤みがかったその頭髪が妙に明るく見えた。

「えっと、はい、一人です」
「入館料に800円をいただきます。……今の期間は装身具を中心に展示していますが」
「あ、はい」



※いい加減赤髪の黒崎君のお話を書きたい

ミシキナナオのモノガタリ

実識七生の家には大きな蔵がある。
 もともと実識家のある地域は、江戸時代以前から続く船場町だったらしい。近くを流れる川には船が行き交い、川沿いには商家が並んでいた。実識家も例に漏れず、七生の曽祖父までは商人として商いをしていた。家の敷地に蔵があってもなんらおかしくないのは地域柄で、商人を辞めて数十年経とうとも、蔵を残し続けるのも珍しくない光景だった。
 曽祖父の代から数十年、未だ残り続ける実識家の蔵は、ひっそりと佇みながらも常に客を待っている。
 蔵の中にあるのは商品ではない。誰かに見出され、使われることを望む、曰く付きの品ばかりである。商人を辞めた七生の曽祖父が、あるいはそれ以前の誰かが、商いをする中で見つけたのか、はたまた自分から探し出したのか。もはや所以の分からない、けれど捨てることが許されない、そんなものばかりが、実識家の蔵には眠っている。
 実識七生は蔵守である。蔵の中の物の世話をして、時が来たら誰かの手に渡す。実識家の蔵の中身を求めてやってくる客は人に限った話ではない。それら人でないものと七生は、不思議なほど相性が良かった。時に両親の目に見えない客をもてなす七生を、誰かが蔵守と呼んで以来、彼自身も己をそう表すことにしている。

 その日の客は、三つ目の爺だった。
 古ぼけた着物を着た三つ目の人あらざる者は、春の嵐が止んだ夜に、ひょろりとやってきた。

「花見の出来る杯が欲しくてなあ」

 真っ白な髭を揺らして笑う爺を客間に上げ、茶と茶菓子を出し、蔵から持ってきたのは桐箱に入った漆塗りの杯だった。杯の内側には桜らしい花の蕾が二つ並ぶばかりで、他に飾りはない。爺はそれを手にとっては、矯めつ眇めつしていた。
 試しに酒を注いでみれば良いだろうかと腰を上げると、いつの間にか客間の入り口に、盆に置かれた日本酒が構えていた。同居人がこっそりと用意してくれていたらしい。まだ成人を迎えていない七生に酒の良し悪しは分からないが、長く生きている同居人が選んだのだから、おそらく良い物なのだろう。もしかすれば七生の父の秘蔵の品だったかもしれないが、客に出すものなのだから、と七生は潔く封を切った。
 爺は酒の銘柄を見て、嬉しそうに三つの目を細めた。

「良い酒だ。お前さんの父親か、それともお前さんの相棒の趣味か」

 杯を乾いた布で念入りに拭い、爺の手に持たせてから、そっと酒を注ぐ。アルコールの匂いは花のような芳香を漂わせ、小さな杯を少しずつ満たしていく。確かに良い酒なのかもしれない、とひとり思う。酒の味は分からないが、きっと口に含めば微かに甘く、柔らかな味がするのだろう。
 二人、額を突き合わせるように、酒が注がれていく様を見ていた。黒い杯の底に描かれた花の蕾が酒に浸され、満ちる勢いに揺らぎ、その姿をゆっくりと変えていく。固く閉じていた花びらが、酒の香りに誘われたかのようにゆっくりと花開いていく。限りなく白に近い色が、さざ波に洗われるように薄紅に色づいていく。まさしくそれは桜だった。寄り添うような二つの蕾が、漆塗りの夜の中でひそやかに咲いていた。
 柔和な爺の顔に、喜びと驚きが浮かんでいた。ぱちりと三つの目が同時に瞬きする。七生は小さく頷き、無言のうちに注がれた酒を勧めると、爺は酒で満たされた杯を、誰かに捧げるように高く掲げた。

「花が咲けば雨が降り、風が吹くものだが、これなら憂うる必要もなかろうよ」

 それでは一献頂戴しよう、と爺は嘯き、そうして杯を飲み干した。



 杯と引き換えに、爺が置いて行ったのは、古びた簪だった。持てばしゃらしゃらと鳴る金色は、少しくすんでいたが、磨き直せば元通りの輝きを取り戻すだろう。随分と古いようだったが、欠けたところはない。大事に使われてきた証だ、と、杯を入れていた桐箱に、布でくるんで収めた。
 封をし直した酒瓶を手に台所へ行くと、紺青の着物に薄鼠の羽織を着た男が、待っていたと言わんばかりの様子で立っていた。

「おお、来たか。その酒を待っていた」

 手には男が愛用する杯が一つ。ため息をついて酒瓶を手渡せば、にんまりと笑って冷蔵庫を指さした。つまみを作れ、ということらしい。
 酒の代わりにサイダーがあることを確認して、夕食の味噌汁に使った油揚げの残りとしょうが、ねぎを取り出し、まな板に向かう。そういえば、と、七生の同居人は酒瓶を抱えながら言った。

「花に嵐のたとえもあるぞ、だな」
「……?」
「勧酒という詩だ。あの爺はもしかすれば、誰かと別れたのかもしれん」

 まァ、言うだけ無粋だがな、と男は笑うだけだった。
 はてなんのことだろうかと首を傾げながらも、すぐに思いついたのは簪だった。金色の、今まで誰かが使ってきたのであろう簪は、きっとたおやかな女性によく似合う。
 台所の窓から外を見れば、裏庭に咲いた桜がよく見えた。春の嵐が止んだ夜、澄んだ闇色の中、うっすら光を放つかのような花々は、まさしくあの杯の中の桜、そのものだった。さよならだけが人生だ、と、男が言う。ならばあの杯は、注がれるだろう酒は、誰かへの手向けなのだろう。寄り添うように咲いた二つの花が、柔和な妖の慰めになれば良い、と思う。


 実識七生の家には蔵がある。
 その中に金色の簪を一つ置く。誰かに長く使われたであろう装飾品は、またいつか、似合いの誰かの元へ辿り着く日を待つ。蔵の中に眠る品々はそうして、誰かの手に渡る日を夢見ているのだ。

夏の日は曖昧

 こんなにも暑い夏の日は、あちらとこちらの境界線が曖昧になる。道路に立った陽炎のように景色が揺らめき、コントラストの激しい青空と極彩色の雲が混ざり、道行く人々の中にうっすら透けた誰かや、血塗れの誰かや、人の形をなしていない何かが歩いているのさえ見える。いつもそうだった。那岐の目は、生まれた時から、他の誰にも見えない世界さえも映していた。
 煙のようにまとわりつく、赤い糸が左の手首を引く。那岐が立ち止まれば促すように、道を間違えれば少し強く、その先で誰かが糸の端を引いている。
 目が眩む。
 すれ違った少女のセーラー服は那岐の通う学校の制服だったが、はたしてそれを着ているのが本当に人間なのか、それすら怪しい。一つに括られた黒髪が揺れ、汗でも香水でもない、不可思議だがどこか懐かしいような、甘い香りがした。振り返ってもすでにセーラー服の少女の姿はなく、やはりあれは幻であったのかとぼんやりと思う。
 目が眩む。
 一際強く手首を引かれ、足を踏み出した先では車が右から左から、絶え間なく走って消えていく。その合間に見える、横断歩道の向こう側で、糸を握った女が笑っている。こんなにも暑い日だというのに白いコートとロングブーツで、まるで女ばかりが冬に生きているかのようだ。はぜた頭からとめどなく溢れた血液がコートを徐々に赤く染め、どろりと溶けだした灰色の脳がこぼれてアスファルトに無惨に落ちる。それでも女は笑っている。動かした口が何かを言っている。声は聞こえない。何も聞こえない。こんなにも世界を明確に見えている那岐の耳が、上手く働いていない。
 手首に巻き付いた赤い糸は、もはや糸ではない。那岐の体をそこから蝕んでいく、赤い呪いだ。
 目が眩む。
 踏み出した足を、傾いだ体を、強い力が後ろへと引っ張った。青い空に白い入道雲が眩しいと、場違いに思った那岐の体を誰かが支えていた。

「那岐」

 目が眩む。頭痛がする。喉がからからだった。両肩に置かれた手には力がこもり、痛い、と思った。頭痛と、両肩と、痛む体が現実に引き戻す。頭上に輝く太陽が、今は夏だと告げている。
 こんなにも暑い夏の日は、あちらとこちらの境界線が曖昧になる。

「危ないよ、那岐くん」

 少し低いが艶のある声が左側から聞こえた。黒髪を一つに括ったセーラー服の誰かが那岐の左手を掴んでいる。大した力はこもっていない。ただ、あまりに冷たい手がまるで死人のようで、かすかに香る甘い香りは、いつかどこかで嗅いだ、この世ならざるどこかに漂っていた、死の香りによく似ていた。

「気をつけてね」

 そういったセーラー服の誰かはするりと那岐の左手首を撫で、赤い糸を引きちぎって向こう側へと歩いていく。その背を追いかけようとは思えなかった。ずっと那岐の両肩を掴み、体を支えていた少年は、それ以上に、追いかけることを許さないだろう。
 少しばかり目つきの鋭い、少女めいた顔に一筋、汗が伝っていた。透けるような薄さの生地で出来たブラウスにキュロットスカートを履いた少年が、那岐と目を合わせて大きくため息をつく。

「気をつけろよ。死ぬつもりか」
「……?」
「こんな暑い日に、変な格好した女についていくほどバカじゃないだろ、おまえ」

 横断歩道を渡りきったセーラー服の誰かがこちらを振り向いた。背の高いその人はにこりと笑い、手を小さく振る。もう片方の手には赤い糸が絡みついていたが、それ以上に、その足下に転がった肉塊らしき何かが、あまりに奇妙だった。
 那岐と少年を置いて、人々が横断歩道を渡っていく。止まっていた時間が動き出す。もう一度見た道路の向かい側に、セーラー服の誰かも、肉塊も、何もない。

「……世御坂」
「なに」
「僕は」
「夢だよ」

 断じるように強い口調で世御坂は言う。暑い夏、こちらとあちらの境界が溶けた日の、悪い夢だったのだと、少女めいた彼はつぶやいた。

花の都の春卯月

 花の都の春卯月は、誰も彼もが浮き足立つ。香る花びら、ささやき声、あふれる音楽、舞う足取り。水上列車で訪れる人々は、海上に咲く絢爛の都に、皆感嘆のため息をつくらしい。薄桃色に染まった『花の都』は、今この季節がもっとも美しい。
 白鳩屋の判が押された紙袋を抱え、向かう先は水上列車の終着駅だ。街の住人と外の人々、誰も彼もが混ざった人の渦。道行く婦人の肩掛けは薄く柔らかで、さえずる女学生の髪飾りには花。厚い外套を脱ぎ捨てた警備隊の笛が鳴る。軽やかで色鮮やかな、花の季節は花も人もみなそれぞれ盛りだ。
 陽気な音楽隊の群を避け、お祭り騒ぎの合間を縫う。着古した黒い詰襟は、まるで花の木の影のようだ。足音密かに人を避け、屋根を飛び、時々猫に挨拶しながら、見下ろした先では水上列車の昼の便が到着していた。
 青い水の向こうにかすかにけぶる、帝都から延々と続く線路は、今日は調子が良かったらしい。懐から取り出した時計は予定通りの時刻を指していた。

「……あ」

 駅から溢れ出る人々の中、髪も肌も服も何もかもばらばらな人の中、僕の目に何よりも映るのは、同じ黒い詰め襟を着たその人だった。
 屋根から一跳び、行き交う群れに流されるように足を運びながら、一年ぶりのその人に、どんな言葉をかけようかと思えば思うほど、心が躍るようだった。あなたが帝都に戻ってからしばらくは寂しかっただとか、夏葉月にちょっと大変なことがあっただとか、秋霜月は早々に雪が降っただとか、冬睦月に書いた手紙には続きがあるだとか、言葉になる前の様々な記憶が蘇ってくる。一つ一つ丁寧に語っていては、きっと七日後の帝都に帰る日までには語り尽くせない。あちらもきっと同じだ。まったく別の場所にいるからこそ、伝えたいことがある。
 鞄を抱えた詰め襟のその人は、まだ僕には気付いていない。目が眩むような騒ぎと彩りの中、花の木の影のような黒い背に手を伸ばす。音楽隊の笛が鳴る。旅芸人の一座が高らかに名乗りを上げる。割れる歓声、舞う花びらと紙吹雪、水しぶき。振り返った僕の片割れは、一年前と変わらぬ顔に驚きを浮かべた。
 笑う。かける言葉はさんざん考えても浮かばなかったのに、いざという時はするりと口からこぼれてくるのだ。

「やあ久しぶり。ようこそ、花の都へ!」

 抱えていたお菓子の包みを差し出せば、まん丸くした目がにっこり笑い、久しぶり、と言葉を返した。




花咲く都の春卯月(都守の桜と片割れ)