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bernadette

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和泉くんと生首と夏

 うだるような暑さから逃げた先のスーパーマーケットで、クラスメイトを発見した。
 ただし、鮮魚コーナーに並べられた生首だったが。

「うわーやっべー涼しそー」

 その辺りでもらってきたうちわで自分を仰ぎながら、和泉は呟いた。冷房が効いたスーパーの鮮魚コーナーに、ごろりと置かれたクラスメイトの首は物も言わない。ただ濁った目を和泉に向けるだけだった。
 よくよく見ればクラスメイトの生首は白いトレイに載せられ、透明なラップがかけられた上に値札まで貼られていた。うおーすげーと額から頬を伝った汗をぬぐい、和泉は生首に一歩近付く。隣に並んでいるのは刺身だ。1パック398円から売られている刺身の赤とツマの白、クラスメイトの肌色は親和性がない。あまり美味しくなさそうだ、と素直に思ったが、口には出さなかった。
 そういえば、ここ2日ほど、このクラスメイトを見ていない。

「そっかーおまえこんなんなってたもんなー。じゃあ来れないよな学校なんて」

 さらにうちわで仰ぐ。仰ぐ。仰ぐ。

「おまえみっけたら先生に言うようにって言われてた気するわ、そういや」

 なぜ先生がそんなことを言っていたのかが上手く思い出せない。よく効いた冷房で体が冷えていく。鮮魚コーナー独特の、生臭さが鼻につく。死臭。魚は死んでいるし、人も死んでいる。生首から血は滴っていないが、それにしたって人の首の断面はグロテスクだった。
 このスーパーはとても寒い。

「あ、そうだ。おまえ、先生に出された課題提出してないだろ。それで先生怒ってたんだわ。んで、おまえ見つけたら先生のとこにーって言われたんだ、そうだそうだ」

 ばっかだなーおまえ宿題はちゃんとやれよ、と、普段ほとんど宿題をしないで居残りを命じられている和泉は言う。つんつん、と頬をつついてみた。予想外に柔らかかった。
 値札を見る。398円(税抜)だった。

「マグロと同じ値段かよーおまえ。うけるー」

 安いのか高いのか分からないが、とりあえず、クラスメイトの生首はワンコインで買えるらしい。携帯電話を取り出し、間の抜けたシャッター音を立てて彼の首を撮った。濁った目が和泉を見つめている。暗く淀んだ眼球は、にんまり笑う和泉を寸分違わず映していた。

「よーし先生に写メ送ろっと」

 淀んだ目をした生首の写真を送り、和泉は一仕事終えた気分でうちわを仰ぐ。ついでに財布の中身を確認し、500円はあることを確認して、生首を手に取った。
 体は十分に冷えている。夏の暑さから逃げ込んだスーパーから、そろそろ外に戻っても良いだろう。何せ和泉は暑いのは嫌いだが、冷蔵庫に閉じこめられる趣味はない。ましてや、冷凍される趣味も、だ。

「あーなんか寒くなってきた!」

 少し重い生首を片手に、和泉はレジに向かう。手にしたクラスメイトの肌はひやりと冷たく、そのくせどこか、生ぬるかった。
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世御坂さんちの裏事情



 少女めいた頬の輪郭。新雪のように白くすべらかな肌。長い睫毛が落とす影。私の膝の上で安らかに眠る、私の姉の、子供。

 ――私はこの子のことを、生まれる前から知っている。

 長い長い時間をかけた話だ。時間と労力、魂、様々な感情、それらをごちゃごちゃに混ぜ合わせて絡めたまま数百年という時を生きてきた。傍から見ればそれは凄惨で、ひどく無駄な、そんな話だ。私とこの子を軸に、世御坂一族を巻き込んで、そうしてようやく終わった呪いと恋を、この子は覚えていなければ良いと思う。
 私はこの子のことを、生まれる前から知っている。この子が生まれる前から、私が生まれる前から。
 私達は遙か昔、姉弟だった。世御坂一族に生まれた二人の子供は、世御坂一族の名を継ぐために育てられた。それがそもそもの始まりだった。世御坂一族は大陸からもたらされた呪術を生業とする一族だった。科学に満ちた今の時代ではもはや朽ちかけたこの技術は、その時代だったからこそ発展したのだろう。たとえ遍くこの世の王が頭を下げようとも、ありとあらゆる金銀財宝を与えられようとも、決して外に出してはいけない呪術に、私と弟はすべてを賭けていた。
 今思えば狂っていた。反魂術など、生み出すべきではなかった、考えるべきではなかった。死んだ人をよみがえらせるなど、不可能だったのだ。
 弟の恋人が死んだときからすべてが狂いだした。死んだその人をよみがえらせるのだと、彼は一族を裏切り、反魂術を盗み出して家を出奔した。当主となった姉と裏切り者の弟の、泥沼のような争いは、ここから始まった。
 人間が50年生きるのもやっとな時代だった。私も弟も、死んでしまえばすべて終わりだと思っていた。だが、世の摂理に背いた術を生み出した人々に、この世の真理は呪いをかけたらしい。私は”私”の記憶を持ってもう一度世御坂の家に生まれ、弟もまた”弟”の記憶を持って世御坂の家に生まれてしまった。私たちはまた、姉と弟として、死んでから数十年後の世界に生まれ直してしまった。いがみ合う姉弟はまたしても世御坂一族を巻き込み、死者の蘇生という有り得てはならない術を巡って争った。
 あとは、それの繰り返しだった。どちらかが死んでもどちらも同じ時代に、必ず姉弟として世御坂一族に生まれてしまう。その度に争いを繰り返す。弟は何度生まれ直しても、かつての”弟”が愛していたその人を蘇らせなければならないと叫んだ。彼の声が未だに耳に残っている。私は、一人では生きていけないのです、姉上、あなただってそうでしょう。その言葉の意味を真の意味で知ったのは、初めて彼をこの手で殺し、看取った、醜い輪廻の終わる瞬間だった。
 弟が狂っていたならば、私も同様に狂っていた。何度も何度も記憶を伴い繰り返した姉と弟の確執は、弟が反魂を諦めたときに終わった。憎悪と愛情は紙一重だ。死にゆく弟の顔を眺めながら私は泣いた。たとえ共に争い合わねばならない立場だったとしても、私は血を分けたきょうだいを、心の底から憎み、それと同じくらい、愛していた。憎悪する相手が居なくなった瞬間、きっと私は生きる意味を無くしてしまうと、その時初めて知ってしまった。
 結局、誰も幸せにならない争いは百年ほど前に終わった。私はまたしても世御坂一族に生まれたが、私には姉がいた。弟は、いなかった。今までの繰り返しの記憶を持ってはいたが、その半分を持った弟はもうどこにもいない。いないはずだった。
 少女めいた頬の輪郭。新雪のように白くすべらかな肌。長い睫毛が落とす影。私の膝の上で安らかに眠る、私の姉の、子供。弟に似た顔立ちの愛らしい子供。”姉と弟”という関係性はようやく崩れた。無邪気に笑う子供には、弟につきまとっていた翳りなどどこにもない。きっとこの子は、もう、死者に惹かれ狂っていくことはない。
 長い、長い時間がかかった。ひどく無駄な時間だった。世御坂一族はいまだ細々と続いているが、それだけだろう。かつての繁栄などなくて良い。あとは私が、過去の私たちの後片付けを終えてしまえば、何もかも、それでおしまいだ。弟は人として生きていく。私もまた、人として生きていく。それだけだ。

「――キリト」

 午睡から覚めた子供が甘えるように、膝に頭をすり寄せた。うっすら覗いた瞳に狂気の色はなく、私はひっそりと笑う。どうか幸せでありますように。そう願う。
 そう言う、話だ。

初詣に行く話



 最近の女性は体型の問題から、着物を着る際にはウエストにタオルを巻く必要があると聞いたことがある。それを冗談交じりに世御坂に伝えると、彼はは、と鼻で笑った。

「良かったじゃないか、俺なら巻く必要がないからな」

 まったくその通りだった。そもそも男である彼は確かに細身ではあるが、着物を着る際に問題となるバストとウエストの差というものがほとんどない。楽で良いことだ、と思いつつ、彼の正面に回り、着物の前を合わせる。
 派手な色ではない。どこか曖昧な桜色や乳白色が混ざり合ったような淡い色合いの着物だ。桜と藤が描かれた着物は一目見て上等な物だと分かった。それを無造作に持ってきた彼に言わせてみれば、古くさい一品、らしいのだが。
 洋服同様着物にも流行り廃りはあれども、この柄ならば流行に左右されず着られる物だろうな、と私でも分かる品であるということは、古くさいと言いつつ世御坂もある程度考えて持ってきたに違いない。彼は身につける物にはよくこだわる。それが自分に似合っているか、周囲に馴染むか、など、など。正直着られれば良いという私にしてみればよくそこまで気が回るものだと感心してしまう。問題はそれらが女性用であるのに対して、それらを身につけるのが男だということだが、この際もうどうでも良い。彼は男物以上に女物が似合うのだから仕方ない。
 帯の色は山吹色と藤色の二本があったが、私は藤色を使うことにした。世御坂からも特に文句はない。

「この着物」
「はい」
「俺の母さんが、成人したときに買ったんだってさ」
「へえ」
「おばさ……カイエさんが言ってた」

 彼の叔母にあたる世御坂カイエの顔が思い浮かぶ。早くに亡くなったという母親に代わり彼を育てたのは世御坂カイエ、その人だ。母親によく似ているという彼がこの着物を着るということに、一番感慨を抱くであろう彼女はここにはいない。いわく、奈良の本家に新年の挨拶に向かったらしい。彼女が経営する店は世御坂青年が代理で店番をしているわけだが、それでも初詣くらいはしてこい、と言ったらしかった。同じように、バイトとして店番を任せられた私もこうして、新年の初詣に駆り出されることになった、という次第だ。
 そのめでたい行事にも女物の着物を着て向かうと言う辺りがなんとも世御坂らしくて微笑ましい。

「髪型どうしましょうか」
「かんざしあるだろ。それ使って」
「これまた……高そうなものを」
「カイエさんにもらった」
「あなた、結構カイエさんにもらってますよね」
「まあな」

 ほら俺、美人だし? 着せ替えしたくなるだろ? と冗談めいた口調ではなく淡々と、むしろ真剣さを醸し出すくらいの声色で言うものだから、私は思わず、残念な人ですね、と言ってしまった。なんとも残念なことだ。初詣で一体何人の罪のない男性陣がこの美貌に騙されることだろうか、と考え、さらに、その横に立つであろう私に突き刺さる男女問わぬ様々な感情の籠もった視線を想像し、やっぱり初詣止めましょうよ、と思わず弱音が出た。もちろん、世御坂には却下された。まあ、所詮、そんなものである。ああ、胃が痛い。

女装男子書きかけ



 世御坂キリトは女装が趣味である。
 彼は、彼と言うからには男だ。性自認も男だ。まるで呼吸をするかのごとく女性用の服を着るが、それは彼の趣味である。私と世御坂の付き合いは高校時代まで遡るが、今思えば、その頃から既に彼の女装趣味は始まっていたと思う。本格的になりだしたのは大学に入ってからで、ある日当然のようにシフォンワンピースを着て授業にやってきた彼を、私は特に違和感なく迎えていたような記憶がある。今思えば違和感ばかりの絵面だが、その時の私はきっとどうにかしていたのだ。
 とはいえ、彼のその趣味の徹底ぶりは賞賛に値するもので、元の中性的な顔立ちと相まって、化粧をして喉や骨ばった手首の辺りを隠してしまえば絶世の美女へと変貌を遂げる。自分の肌に合う化粧品はどれか、どんな服をどのように着れば男性らしい体つきを隠しつつも似合った姿になるか、彼は常に研究していると言って良い。女装と言うと男子高校生の学校祭の見世物のような滑稽さがあるが、彼の場合はそんな馬鹿らしさはない。きわめて真摯に、その趣味を追求していると言える。
 それは良いとして。

「なあ那岐、ガーターってエロいよな」

 女性の格好をしてその台詞はいかがかと思う。

「世御坂」
「言いたいことは分かってる」
「分かっていないでしょうあなた」
「やっぱりやるなら徹底的にやらないとだめだよな」
「私はそんなことを言おうとしたのではありません」

 趣味に走るのが悪いとは言わないが、さすがに超えてはいけない一線を超えてしまうのはいかがかと思う。


観賞用人魚の如く浮遊

水の中にいた。正方形の透明な水槽の中で魚のように、ふわふわと泳いでいた。泳ぐという言葉は適切ではないのかもしれない。水槽は八坂が体をくるりと丸めて、ようやく収まるほどの大きさだったからだ。体に合わない水槽に入れられた魚とはこのようなものなのだろうかと思う。水は心地良いが、些か窮屈だった。

「何をしている、八坂」

 どこからか声が聞こえ、振り向こうとしたが、水槽が小さいせいで上手く体が動かない。ひどくもどかしい。その声が聞こえたら、すぐに振り向かなければならないと八坂は知っている。誰に強制されたでもなく、八坂が、そう知っているのだ。
 ぺたり。ふれた水槽はどこか生暖かい。その向こう側に、黒いスリーピースの男がいた。

「人魚にでもなったつもりか」

 それは違いますよ二瓶さん。口に出したはずの言葉は泡となり、水面へと昇っていった。撫でた己の足は冷え切った人肌の感触だった。夢の中でさえ、八坂は八坂という少女以外にはなれないらしい。
 二瓶の手が水槽に触れる。ガラス越しに八坂も手を合わせた。金色のネクタイピンにはまったエメラルドの反射がガラスと水を通してもなお明るい。それは八坂の目を突き刺し、急速に夢を終わらせる。
 気付けば八坂と二瓶の間にガラスはなく、人魚になれなかった少女の足は二本、暗い地面に立っていた。


二瓶…悪夢商人
八坂…少女