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bernadette

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レンとハルカ


 知識を詰め込む。ひたすらに詰め込む。自分の脳を最大限生かすかのように体の動きを止め、目と指先だけに意識を向け、文字列を追う。知識は何にも勝る宝だとレンは思う。自分の飢えを満たす、唯一にして至高の、尽きることのない食料だ。

「レン」

 あと少し、あと少し、あと少しでたどり着ける。静かな興奮と圧倒的な恐怖、震えた指先がページを叩く。鼓膜を揺らしたのは低い男の声だ。張り詰めたレンの集中をわざと途切れさせるように名前を呼ぶ。それだけでレンの集中は切れ、あと少しで無我の境地にたどり着けるとという歓喜が一瞬にして消え失せる。消え失せたあと、レンに残るのは虚無だ。目で辿っていた文字の意味をすべて忘れ、得たはずの知識を水底に捨ててしまったような、はてしない虚無感に呼吸すら止まる。
 いささか乱暴に、男の片手がレンの顎を捉え、無理やり顔を上向かせた。それがきっかけだったかのように喉が喘ぎ、酸素を求めて咳き込んだ。激しく噎せるレンを、目の前の黒い男は皮肉げな笑みを浮かべながら眺めていた。顎を掴んでいた手はあっさりと離れたが、その指先はいまだ喘ぐレンの喉を確かめるかのようになぞる。

「おかえり、レン」

 ――なにが、おかえり、だ!
 睨みつけても男の歪んだ笑みは消えない。ようやく落ち着き、浮かんだ涙を指先で払う。辿る男の手を強く握り締め、レンは彼の顔を真正面から見据えた。常にレンの集中を邪魔する男、その手の冷たさ。生きた人間にはありえない温度に触れるたび震えていた体は、もう慣れきってそれが正しいとしか思えなくなった。

「ただいま、ハル、さん」

 男は笑う。彼がレンと共にあるかぎり、レンは決して、知識の海で溺れ死ぬことはできないだろう。入水自殺ほど醜い死に方はないぞ、と、その目に剣呑な光を宿して男は言った。

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邂逅



「……あっ」

 ライラの手から滑り落ちたペンは床を転がり、小さな可愛らしい靴の前で止まった。ライラが慌てて身をかがめるよりも早く、まだまろい指先がペンを優しく拾い上げる。足元に落としていた視線を上げると、賢そうな緑の瞳とぶつかった。エメラルドを思わせる、澄んだ緑色の目をした少女はにっこりと笑みを浮かべていた。

「はい、お姉さん。どうぞ」

 長い髪をリボンでハーフアップにした、まだローティーンだろう少女は愛らしい。上流階級の生まれなのか身につけているものや仕草、漂う雰囲気すべてが上品だ。ぼんやりと、ああ、良いなあ、と思った。こんなに可愛らしい少女だ、あと五年もすれば、それは素晴らしいレディになるだろう。
 少女に魅入られたライラよりも先に、ペンを受け取ったのはアレクセイだった。それまでライラの一歩後ろにいた彼は、音もなくライラと少女の前に体を滑り込ませ、差し出されたペンをやはり音もなく彼女の手から取った。決して乱暴ではないが、どこかぶっきらぼうな動作は彼らしくない。目を瞬かせるライラに対し、少女は天使のような笑みを浮かべたままだ。アレクセイの、ともすれば不機嫌さを感じさせる動きに気分を害した様子はない。

「あ、ありがとう、お嬢さん。助かったわ」
「どういたしまして。それじゃあ、あたし、行きますね」

 ぴょこん、と一礼した少女は、スカートの裾を揺らめかせ雑踏に戻っていく。少女の背中はどんどん小さくなり、やがて見えなくなった。
 アレクセイの手がライラのジャケットをつかみ、小さく引っ張ったその動きに、ようやく我に戻った。あんな幼い少女に見蕩れていた自分が妙に恥ずかしく、ライラは少年の目をまっすぐに見返すことなく、なあに、と答えた。
 目の前に差し出されたのはペンだ。

「はい、おねえさん。どうぞ」

 さっきの少女がしていたように、両手で、さして高くもないライラのペンを差し出している。あの少女とアレクセイの姿が重なった。出身どころか名前以外の何も分からない少年の動きはなめらかで、優雅ささえ漂う。上流階級で生まれ育ったのではないかと思わせるほど堂々と、それでいながら圧迫感を漂わせることのない洗練された動きは、まだ成長しきらない少年の外見と絶妙なバランスを保ち共存している。無理をした大人らしさではない、身の丈にあったアレクセイの動作はとても好ましい。
 ただ、あの少女と、バランスを保った上品な仕草が、よく似通っている気がするのだ。

「ありがとう」

 名前以外を語らない少年に、あの少女を知っているのか、尋ねたところで答えは返ってこないだろう。あの子、あなたの知り合いなの? そう問いかけようとした唇を一度閉じ、次に開いて出たのは簡潔な礼だった。
 たった一言だけにも関わらず、少年は嬉しそうに微笑む。それまでのかたくなな様子がまるで嘘のような、甘く蕩けるような笑みだった。


ジャックとノインテ・フィア



 薄紙で包まれた花の種を受け取った魔女は、整った顔に嬉しそうな笑みを少しだけ浮かべた。

「ありがとう。助かるわ。ちょうど赤色の種がなかったものだから」
「これくらい大した手間ではありませんよ。御用命がありましたら、また、このペイジまでどうぞ」

 赤い花を咲かせる種と引換に、受け取ったのは白い花びらだった。柔らかな布に包まれた花びらは摘まれてそれなりの時間が経っているはずにも関わらず、一向に枯れる様子を見せない。慎重に布を畳み、トランクにしまった。漂ったのはなんとも言えない甘い香りだ。花びらでさえこんなに香るというのならば、花そのものはどれだけ強く香るというのか。しかしそれを問いかけるには、ジャックとこの魔女の間柄はまだ未熟といったところだ。そして、知ったところでおそらく後悔するであろうことはなんとなくではあるが感じられた。

「では、ごきげんよう。ジャック・ペイジ」
「ごきげんよう、『宝石の魔女』フローライト」

 紫と緑の目を持った蛍石の魔女は、花の種を大事そうに抱え、一礼したかと思うと、次の瞬間には姿を消していた。

「甘い香りがする」

 後ろでずっと様子を窺っていたノインテ・フィアが呟いた。ジャックが教育したとおり、よほどのことがない限り彼は口を開かず、動かない。まだ知識や常識が身についていない彼は主たるジャックに従順で、素直だ。乾いた地面に水が染み込んでいくように、彼は教えたことをすぐに吸収する。いつか花を咲かせる日も近いのだろうか、と手にしたトランクを見下ろした。
 すんすんと、まるで幼い子供がするように、ノインテ・フィアが鼻を鳴らす。トランクにしまいこんでもなお香る花の芳香を追おうとしているようだった。

「あの花の特徴さ。たとえ花びらひとひらだろうと、この甘い香りで人を誘う」
「誘う? なぜ?」
「なぜだろうね。ただ、この花びらは決して食べてはならない。それだけは確かだ」
「猛毒だから?」
「近い。人によっては猛毒になり、人によっては至上の薬となる」
「ふくざつだ」

 表情の薄い顔に少しばかり苦さが浮かぶ。ジャックは彼の頭をひと撫でした。教えられるだけではなく、考えることも必要だと言い聞かせ、歩き出す。ノインテ・フィアは黙々と、ジャックのあとをついてくる。歩きながら、彼はジャックの言葉の意味を考えているようだった。




ジャックとノインテ・フィア

<ジャックとノインテ・フィア>

 父親から『ジャック・ペイジ』の名前と商売道具を受け継いだ彼女がまず足を運んだのは、客の元ではなく市場だった。
 四代目『ジャック・ペイジ』を名乗り商人として生きていく上で、一番のネックは護身だ。自分の身を守る程度の護身術は知っている。実践もできる。しかし、それだけでは心もとないことを、彼女はよく理解していた。商人に本当の意味での味方などいない。今日の客が明日自分に襲いかかってくる可能性は、常にそこにある。
 だが、本当の意味での味方がいなくとも、ある程度信頼できる味方は作ることが出来る。彼女が欲しているのは自分に忠実な使い魔だ。傭兵を雇うことも考えたが、必要以上のコストがかかる上に相性の問題がある。それならば最初から、人形のようなものでいい。とにかく、彼女の代わりに警戒し、戦う使い魔や傀儡が欲しかった。
 様々な種族でごった返す市場の中、使い魔商人のもとで彼女の目を惹いたのは、屈強な外見をした使い魔ではなく、長剣を抱いて座り込む青年だった。

「こいつは剣魔だ」
「剣魔?」
「抱いている剣があるだろう。そいつが本体だ。剣に宿った魔力やら何やらが精霊みたいになっちまったんだ。心配しなくとも、こいつは無害さ」
「どうしてそう言い切れる?」
「生まれたばかりだからさ。つい最近、そうやって体を作って一人で歩くようになった。赤ん坊みたいなもんだと思えばいい。教育次第でどんなものにも化けるぞ、こいつは。見た目も良い」
「確かに、見た目が良いのは認めるがね。しかし、私は護衛が欲しいんだ。有能な護衛が」

 腕を組み立ち尽くす彼女を見上げる剣魔の目は、光を反射して明るく輝いていた。一点の曇りもない銀色は、刃の色によく似ている。髪の毛もまた刃を思わせる銀色で、剣から生まれた精霊だと言われてみれば、確かにこれほどしっくりくる外見もないだろう。彼が腕に抱く長剣は飾り気が少ないが、鞘や柄を見ただけでも造りの丁寧さが窺える。それが彼の外見にも反映されているのだろう。ひとつひとつのパーツがバランスよく収まった容貌や、しなやかさと屈強さを併せ持った肉体は、観賞用に買われてもおかしくない。そこまで美しい剣魔を生み出した剣を、鞘から抜いた刃をこの目で見てみたいという衝動に駆られた。
 悪意や害意を一切含まない目は彼女から少しも逸らすことなく見つめ続けている。何度か小さく口を開閉した剣魔からこぼれた声は小さかったが、彼女には確かに聞こえた。

「俺を買ってくれ」

 
<ジャックとノインテ・フィアと名前>

「さて、私は君を、どう呼べば良い?」
「……?」
「名前はあるのか?」
「名前? ……俺を作った職人は、俺をノインテ・フィア、と呼んでいた」
「9番目の4? それは呼び名というよりは、君につけられた番号だろう」

 銀色のノインテ・フィアは、それがどうしたと言わんばかりに首を傾げている。彼にとって番号と名前に区別はないのだろう。
 詳しく話を聞いてみると、彼を作った職人というのは、ロット番号と、そのロットの中で何番目に作られたのかを示す番号を組み合わせて剣を区別していたらしい。ノインテ・フィアはその名が示すとおり、第9ロットシリーズの中の、4本目ということだ。つまり彼と同じような剣が、少なくともあと3本はあるということになる。第9ロットシリーズがいったい何本目まで作られたのかは、彼は知らなかった。彼が意識や自我というものを持つようになったのはごく最近のことだという。だとすれば、ただ剣として生み出された頃のことを、断片的にではあるが覚えている、そのこと自体が奇跡に近いと言えた。

「番号をそのまま名前にするというのは、少し味気ないな」
「そういうものなのか?」
「そういうものさ。私にジャック・ペイジという名前があるように、君にも名前をつけた方が良いのかもしれない」

 興味があるのかないのか、ノインテ・フィアは無表情に、ふうん、と返しただけだった。

「それなら好きにしてくれ。なまえ、というものが必要なら」
「ではじっくり考える事にしよう」

 




第9ロットと持ち主達

<門番と12番目>

リル
・本人いわく、門番。いったい何の、どこの門を守っていたのかは決して語らない。
・泣き虫だが戦闘能力が非常に高い。生きるための能力のすべてを戦闘能力につぎ込んでいるイメージ。
・一人で眠ることができない。常に抱いている罪悪感が主な原因。
・何で戦っても強い。ツヴェルフもふつうに使う。

ノインテ・ツヴェルフ(ノイン)=第9ロットの12
・剣魔。第9ロットのシリーズの中では一番最後に作られたが、意識を持つようになったのはだいぶ早いため、末っ子とは言い難い。
・あまり世の中に興味がない。冷静というより投げやり、厭世的。リルに買われ、関わっていく中で変わっていく。
・リルの外見が頼りないので、人の形態をとっていることが多い。


<商人と4番目>

ジャック(仮名)
・商人。誰であろうとどんな思想を持っていようと、相応の対価さえ払えば客である。求められれば地の果てまで商品を探しに行く。
・名前は男だが女。商人としての名前を父親から受け継ぎ、四代目。なんでも入るトランクと、トランクの中身の目録を持っている。
・商人であるために定住せず、フットワークが軽い。何かを教えるのが好き。
・最低限自分の身を守ることは出来るが、剣を使うことはできない。銃を使う。

ノインテ・フィア=第9ロットの4
・4番目だが、意識を持ち、肉体を作るようになったのはごく最近。ゆえに感情が薄く、ほぼ無表情。何も知らない子供と同じ。
・自分に知識が足りないことを自覚している。素直で純粋、頭が柔らかい。
・肉体を作ることができたのは良いが、肉体を消すことができない。常に実体化している。