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bernadette

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女装男子書きかけ



 世御坂キリトは女装が趣味である。
 彼は、彼と言うからには男だ。性自認も男だ。まるで呼吸をするかのごとく女性用の服を着るが、それは彼の趣味である。私と世御坂の付き合いは高校時代まで遡るが、今思えば、その頃から既に彼の女装趣味は始まっていたと思う。本格的になりだしたのは大学に入ってからで、ある日当然のようにシフォンワンピースを着て授業にやってきた彼を、私は特に違和感なく迎えていたような記憶がある。今思えば違和感ばかりの絵面だが、その時の私はきっとどうにかしていたのだ。
 とはいえ、彼のその趣味の徹底ぶりは賞賛に値するもので、元の中性的な顔立ちと相まって、化粧をして喉や骨ばった手首の辺りを隠してしまえば絶世の美女へと変貌を遂げる。自分の肌に合う化粧品はどれか、どんな服をどのように着れば男性らしい体つきを隠しつつも似合った姿になるか、彼は常に研究していると言って良い。女装と言うと男子高校生の学校祭の見世物のような滑稽さがあるが、彼の場合はそんな馬鹿らしさはない。きわめて真摯に、その趣味を追求していると言える。
 それは良いとして。

「なあ那岐、ガーターってエロいよな」

 女性の格好をしてその台詞はいかがかと思う。

「世御坂」
「言いたいことは分かってる」
「分かっていないでしょうあなた」
「やっぱりやるなら徹底的にやらないとだめだよな」
「私はそんなことを言おうとしたのではありません」

 趣味に走るのが悪いとは言わないが、さすがに超えてはいけない一線を超えてしまうのはいかがかと思う。


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観賞用人魚の如く浮遊

水の中にいた。正方形の透明な水槽の中で魚のように、ふわふわと泳いでいた。泳ぐという言葉は適切ではないのかもしれない。水槽は八坂が体をくるりと丸めて、ようやく収まるほどの大きさだったからだ。体に合わない水槽に入れられた魚とはこのようなものなのだろうかと思う。水は心地良いが、些か窮屈だった。

「何をしている、八坂」

 どこからか声が聞こえ、振り向こうとしたが、水槽が小さいせいで上手く体が動かない。ひどくもどかしい。その声が聞こえたら、すぐに振り向かなければならないと八坂は知っている。誰に強制されたでもなく、八坂が、そう知っているのだ。
 ぺたり。ふれた水槽はどこか生暖かい。その向こう側に、黒いスリーピースの男がいた。

「人魚にでもなったつもりか」

 それは違いますよ二瓶さん。口に出したはずの言葉は泡となり、水面へと昇っていった。撫でた己の足は冷え切った人肌の感触だった。夢の中でさえ、八坂は八坂という少女以外にはなれないらしい。
 二瓶の手が水槽に触れる。ガラス越しに八坂も手を合わせた。金色のネクタイピンにはまったエメラルドの反射がガラスと水を通してもなお明るい。それは八坂の目を突き刺し、急速に夢を終わらせる。
 気付けば八坂と二瓶の間にガラスはなく、人魚になれなかった少女の足は二本、暗い地面に立っていた。


二瓶…悪夢商人
八坂…少女

吸血鬼殺しと魔術師殺し

計算された間を保って水滴が落ちる、その音をただ聞いていた。

「あのね」

 ベッドから甘い、少女の香りがした。

「あのね」

 その肉を食めば砂糖菓子のように甘いのだろうかと、同じ血の通った己の手を見た。大人になりゆく少年の、筋張った手だった。柔らかく、白い、少女の手とはかけ離れた無骨さは、同じ腹から生まれた兄妹とは思えないほど似ていない。
 たとえ同じ血を分けていても、ふたりは別個の存在なのだ。

「おねがい」

 よく晴れた日の、点滴が落ちる音を聞く、たったふたりだけの病室で、まだ青年になりきれない少年は黙し続ける。
 まだ幼い少女の手を、とることはない。



 瞼を通して突き刺す光が覚醒を促す。寝ている間はカーテンを閉めているはずだが、無粋な同居人は我関せずと勝手に自分の起床に合わせてカーテンを開ける。そうなると彼より遅く起きるのが常の青年は、窓から差し込む日光で強制的に起こされてしまうというのが、ここしばらくの朝の出来事だ。何度言っても彼は自分の習慣を直そうとしないのだから、もはや諦めの域に達している。
 仕方なく起きると、同居人は真っ白な頭髪を高く結い上げ、何か作業を始めようとしているようだった。

「おはよう」
「……おはよう」

 精悍な顔立ちに眠気の類は一切ない。対照的にあくびを噛み殺した青年は、ベッドから這い出るとのろのろとキッチンに向かった。まずは冷蔵庫の中からミネラルウォーターのボトルを取り出し、乾ききった喉を回復させる。食事を作るのは青年の仕事だ。気品のある顔立ちをした同居人はまさしく上流階級の出身だったらしく、家事全般がこの歳になってもまともに出来ない。それで二十年以上どうやって生きてきたのか問い詰めたことがあるが、当然といえば当然の答えが返ってきたことはまだ記憶に新しい。


※飽きた

枯れない世界と嘘の庭



 私は、別れを告げなければならない。
 そう言い聞かせる。何度も言い聞かせる。短い言葉は重く私の腹の中に沈み、苦しみになる。言葉にすればたった四音の言葉を口に出すのに、どれほどの覚悟と痛みを抱えなければならないのだろう。鬱々とした気分を抱え、三月の日差しが降り注ぐ道をのたのたと、醜く歩いて進む。誰でも良いから私を嘲り笑って! こんな無様な姿の私を、誰か。
 けれど道行く人などいないし、すれ違った猫に私の思いが通じるはずもない。ましてや広い庭の主が、私が別れを告げなければならないその人が、私を嘲笑してくれる訳がなかった。静かなまなざしが脳裏に浮かぶ。色の薄いその人が常緑の庭の中に佇み、私を見つめる、色のない、透明な目が。
 門にはいつだって鍵がかかっていない。おまえがいつ来ても入れるように開けておこう、とその人が言ったからだ。冬が終わったばかりの世界の中で、ここだけは季節など知らないと言わんばかりに緑の葉を茂らせ、鮮やかな花を咲かせている。昔からそうだった。そしてきっと、これからも。この庭はたった一人のために存在する。植物たちは庭の主のために花を咲き誇らせ続けるのだ。

「……あのね」

 真っ白なその人はやはり、緑に囲まれて立っていた。うっすら微笑んだなめらかな頬に、緑の影が色濃く落ちていた。こんにちは、も、ひさしぶり、も、何も言わない私を責めることはない。まっすぐな目だけが何かを語る。見つめられていると意識したとたん、私の喉は凍ったように固まってしまった。吐き出そうとしていた言葉が石になって喉の奥にとどまり、呼吸ができなくなる。ああ、だめだ、だめだ、だめだ! 私は、言わなければならないのだ。言わなければ。
 私は、別れを告げなければならない。

「あのね、私、ね、大学、合格したの」
「そうか」
「それで、県外に、行かなきゃいけなくて」

 だから。

「だから、私、今日で」

 今日で終わり。今日でおしまい。私はあなたと、さよならをする。あなたとお別れをする。あなたと離ればなれになる。あなたをおいていく。あなたを一人にして、私はひとり、大人になっていく。決して老いることのない真っ白な、嘘の庭の主をおいて。

「さよなら」

 その人は微笑んだまま、眩しいほど白い手を伸ばして花を手折った。流れるような動作で私との距離を詰め、何も反応できない私の耳元へと手折った花を挿す。私はただ俯いていた。目を合わせてはいけないと思ったのだ。いや、その人の顔を見てはいけない。絶対に見てはいけない。目を合わせたそのとき、私はくずおれるだろう。泣き出し、目の前の人へすがりついてしまう。この庭に迷い込んだ私が幼い頃から何一つ変わらない、人ですらないかもしれないこの世界の主人から、離れられなくなってしまう。
 私は、別れを告げなければいけないのだ。他の誰でもない、私自身のために。そうして別れを告げて、ごくごくふつうの人生を歩んでいくのだ。きっと私は大学に通って、誰かと恋をして、時々喧嘩をして、そして結婚して子供を産む。ありふれた、けれど幸せな家庭を築き、ゆっくりと死んでいく。そうしなければならない。初恋は叶わないものでなければ。
 三月の冷たい空気の中、むき出しの私の手が冷たく震えていた。立ち去らなければならないのに、体が言うことを聞いてくれない。緑の反射が眩しい。さわやかな空気。光を浴びた植物たちが喜んでいる。日光を、空気を、何より庭の主がそこにいることを。

「待っている」


 その一言が私を絶望させる。この人は永遠にこの庭から出られないと言うのに、私を追いかけてくることなどできないと言うのに、ああ、だからこそ、私は別れを告げられると愚かにも、思ってしまったのだ。この人は私を追いかけてこない。追いかけるのは私だ。たとえこの小さな世界から出ていくことはできなくとも、この人にはさしたる問題でもなかった。
 絶望の底はかすかに甘い。たった一言、それだけが私を縛って離さない。この人は私がこの庭に戻ってくることを知っている。逃げられないと、この人の元から永遠に離れることなどできやしないと、確信している。
 きっと私は戻ってくるだろう。何度別れを告げても、どれだけ離れていこうとも。私は、私は、私は。ふつうの人生を。ふつうの男の人と結ばれて、ふつうに幸せになって、ふつうに死んでいく、人生を。

「おまえの幸せは、外にはない」

 ああ、知っている! あの日、幼い私が、門を開けてこの世界に迷い込んだその日から! 真っ白なあなたの頬にくちづけたその日から!
 俯いた顔を上げた。美しい曲線を描く白い頬が微笑んでいる。彼の透明なまなざしに映った庭の緑が、優しく私をすくい上げた。

真白と黒崎



 ソファーをまるまるひとつ占領した赤い髪の男は、静かに眠っている。
 買い物袋と教科書が詰まった鞄を、出来るだけ静かにテーブルに置いた。買い物袋の中身が擦れる音、鞄の金具が触れ合う音、そんな微かな音でさえ、眠る男の覚醒に繋がるのではないかと私はいつも危惧している。
 足音を忍びながらソファーの目の前に立ち、眠り続ける男を見下ろした。精悍な顔にはうっすら隈が浮かんでいる。よくよく見ればその赤い髪はわずかに湿り気を帯びていた。シャワーを浴びて、そのままソファーで眠ってしまった、というところか。それだけ疲れているということなのだろう。ソファーの背にかけたままの膝掛けを、彼の体に掛けようと手を伸ばし、躊躇する。やはり彼を起こしてしまいそうな気がしたのだ。
 けれど私の危惧などお構いなしに、彼の瞼が小さく震え、黒い瞳が私を見据える。

「……おかえり、真白」

 寝起きの掠れた声が囁く。ただ一言、その言葉に返す一言を言いたいのに私の唇は動かない。少しだけ怖かった。何が、と言われても答えられないが、私は彼が怖かった。それ以上に彼のことを……いや。
 何も答えない私を責めるでもなく、彼は微笑んだ。私と同じ年だったはずの少年は、知らない間に大人になってしまった。けれど微笑んだ顔に、かつて泣いていた少年の面影が確かに残っている。彼は私の知っている、あの少年なのだ。

「ただいま……黒崎」

 ようやく絞り出した声に、彼は――黒崎は、微笑んだまま満足そうに頷いた。