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bernadette

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小ネタ


 二週間に一度、ムノとエーヌは仕事場を離れ、街に出ることを許される。だがそれは外出許可というよりも、彼らの護衛対象である少女のもとから引き離すのが目的ではないかと言うのが二人の共通意見だ。エルシーという少女はおそらく普通の少女ではない。ではどう普通ではないのか、という説明は出来ないが、彼女から漂う違和感を、ムノはムノなりに感じとっていた。
 だがそれを指摘する立場ではないということも重々理解しているが故に、ムノは今日も、特に目的がないまま街に繰り出した。

「おまえはどうすんの」
「文房具屋にでも行く。新しく万年筆を買おうかと思ってな」
「ふーん。俺はどうするかなあ。どっかのカフェにでも引きこもるか」
「相変わらず時間の使い方が下手だな」

 エーヌの指摘はその通りだったので、ムノは小さく苦笑いをすることでそれに答えた。彼女は、それじゃ、とあっさりと離れていく。いつも通りだ。彼女の方がムノよりよほど器用なのは、「ファーム」にいた頃から変わりない。どうしようもない「休暇」という無駄な時間も、彼女は有意義に使ってしまうだろう。

「暇だなあ」

 それはつまり平和であることの裏返しだと、ムノは知らないふりをした。
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世御坂さんちの裏事情



 少女めいた頬の輪郭。新雪のように白くすべらかな肌。長い睫毛が落とす影。私の膝の上で安らかに眠る、私の姉の、子供。

 ――私はこの子のことを、生まれる前から知っている。

 長い長い時間をかけた話だ。時間と労力、魂、様々な感情、それらをごちゃごちゃに混ぜ合わせて絡めたまま数百年という時を生きてきた。傍から見ればそれは凄惨で、ひどく無駄な、そんな話だ。私とこの子を軸に、世御坂一族を巻き込んで、そうしてようやく終わった呪いと恋を、この子は覚えていなければ良いと思う。
 私はこの子のことを、生まれる前から知っている。この子が生まれる前から、私が生まれる前から。
 私達は遙か昔、姉弟だった。世御坂一族に生まれた二人の子供は、世御坂一族の名を継ぐために育てられた。それがそもそもの始まりだった。世御坂一族は大陸からもたらされた呪術を生業とする一族だった。科学に満ちた今の時代ではもはや朽ちかけたこの技術は、その時代だったからこそ発展したのだろう。たとえ遍くこの世の王が頭を下げようとも、ありとあらゆる金銀財宝を与えられようとも、決して外に出してはいけない呪術に、私と弟はすべてを賭けていた。
 今思えば狂っていた。反魂術など、生み出すべきではなかった、考えるべきではなかった。死んだ人をよみがえらせるなど、不可能だったのだ。
 弟の恋人が死んだときからすべてが狂いだした。死んだその人をよみがえらせるのだと、彼は一族を裏切り、反魂術を盗み出して家を出奔した。当主となった姉と裏切り者の弟の、泥沼のような争いは、ここから始まった。
 人間が50年生きるのもやっとな時代だった。私も弟も、死んでしまえばすべて終わりだと思っていた。だが、世の摂理に背いた術を生み出した人々に、この世の真理は呪いをかけたらしい。私は”私”の記憶を持ってもう一度世御坂の家に生まれ、弟もまた”弟”の記憶を持って世御坂の家に生まれてしまった。私たちはまた、姉と弟として、死んでから数十年後の世界に生まれ直してしまった。いがみ合う姉弟はまたしても世御坂一族を巻き込み、死者の蘇生という有り得てはならない術を巡って争った。
 あとは、それの繰り返しだった。どちらかが死んでもどちらも同じ時代に、必ず姉弟として世御坂一族に生まれてしまう。その度に争いを繰り返す。弟は何度生まれ直しても、かつての”弟”が愛していたその人を蘇らせなければならないと叫んだ。彼の声が未だに耳に残っている。私は、一人では生きていけないのです、姉上、あなただってそうでしょう。その言葉の意味を真の意味で知ったのは、初めて彼をこの手で殺し、看取った、醜い輪廻の終わる瞬間だった。
 弟が狂っていたならば、私も同様に狂っていた。何度も何度も記憶を伴い繰り返した姉と弟の確執は、弟が反魂を諦めたときに終わった。憎悪と愛情は紙一重だ。死にゆく弟の顔を眺めながら私は泣いた。たとえ共に争い合わねばならない立場だったとしても、私は血を分けたきょうだいを、心の底から憎み、それと同じくらい、愛していた。憎悪する相手が居なくなった瞬間、きっと私は生きる意味を無くしてしまうと、その時初めて知ってしまった。
 結局、誰も幸せにならない争いは百年ほど前に終わった。私はまたしても世御坂一族に生まれたが、私には姉がいた。弟は、いなかった。今までの繰り返しの記憶を持ってはいたが、その半分を持った弟はもうどこにもいない。いないはずだった。
 少女めいた頬の輪郭。新雪のように白くすべらかな肌。長い睫毛が落とす影。私の膝の上で安らかに眠る、私の姉の、子供。弟に似た顔立ちの愛らしい子供。”姉と弟”という関係性はようやく崩れた。無邪気に笑う子供には、弟につきまとっていた翳りなどどこにもない。きっとこの子は、もう、死者に惹かれ狂っていくことはない。
 長い、長い時間がかかった。ひどく無駄な時間だった。世御坂一族はいまだ細々と続いているが、それだけだろう。かつての繁栄などなくて良い。あとは私が、過去の私たちの後片付けを終えてしまえば、何もかも、それでおしまいだ。弟は人として生きていく。私もまた、人として生きていく。それだけだ。

「――キリト」

 午睡から覚めた子供が甘えるように、膝に頭をすり寄せた。うっすら覗いた瞳に狂気の色はなく、私はひっそりと笑う。どうか幸せでありますように。そう願う。
 そう言う、話だ。

初詣に行く話



 最近の女性は体型の問題から、着物を着る際にはウエストにタオルを巻く必要があると聞いたことがある。それを冗談交じりに世御坂に伝えると、彼はは、と鼻で笑った。

「良かったじゃないか、俺なら巻く必要がないからな」

 まったくその通りだった。そもそも男である彼は確かに細身ではあるが、着物を着る際に問題となるバストとウエストの差というものがほとんどない。楽で良いことだ、と思いつつ、彼の正面に回り、着物の前を合わせる。
 派手な色ではない。どこか曖昧な桜色や乳白色が混ざり合ったような淡い色合いの着物だ。桜と藤が描かれた着物は一目見て上等な物だと分かった。それを無造作に持ってきた彼に言わせてみれば、古くさい一品、らしいのだが。
 洋服同様着物にも流行り廃りはあれども、この柄ならば流行に左右されず着られる物だろうな、と私でも分かる品であるということは、古くさいと言いつつ世御坂もある程度考えて持ってきたに違いない。彼は身につける物にはよくこだわる。それが自分に似合っているか、周囲に馴染むか、など、など。正直着られれば良いという私にしてみればよくそこまで気が回るものだと感心してしまう。問題はそれらが女性用であるのに対して、それらを身につけるのが男だということだが、この際もうどうでも良い。彼は男物以上に女物が似合うのだから仕方ない。
 帯の色は山吹色と藤色の二本があったが、私は藤色を使うことにした。世御坂からも特に文句はない。

「この着物」
「はい」
「俺の母さんが、成人したときに買ったんだってさ」
「へえ」
「おばさ……カイエさんが言ってた」

 彼の叔母にあたる世御坂カイエの顔が思い浮かぶ。早くに亡くなったという母親に代わり彼を育てたのは世御坂カイエ、その人だ。母親によく似ているという彼がこの着物を着るということに、一番感慨を抱くであろう彼女はここにはいない。いわく、奈良の本家に新年の挨拶に向かったらしい。彼女が経営する店は世御坂青年が代理で店番をしているわけだが、それでも初詣くらいはしてこい、と言ったらしかった。同じように、バイトとして店番を任せられた私もこうして、新年の初詣に駆り出されることになった、という次第だ。
 そのめでたい行事にも女物の着物を着て向かうと言う辺りがなんとも世御坂らしくて微笑ましい。

「髪型どうしましょうか」
「かんざしあるだろ。それ使って」
「これまた……高そうなものを」
「カイエさんにもらった」
「あなた、結構カイエさんにもらってますよね」
「まあな」

 ほら俺、美人だし? 着せ替えしたくなるだろ? と冗談めいた口調ではなく淡々と、むしろ真剣さを醸し出すくらいの声色で言うものだから、私は思わず、残念な人ですね、と言ってしまった。なんとも残念なことだ。初詣で一体何人の罪のない男性陣がこの美貌に騙されることだろうか、と考え、さらに、その横に立つであろう私に突き刺さる男女問わぬ様々な感情の籠もった視線を想像し、やっぱり初詣止めましょうよ、と思わず弱音が出た。もちろん、世御坂には却下された。まあ、所詮、そんなものである。ああ、胃が痛い。

おっさんしょうじょ

「先生の手」

 あまりに乾燥しているので、と少女が恥ずかしげに男の手を取りながら、銀色の缶の蓋を開ける。真っ白なクリームが詰められたそれからは、わずかに甘い香りがした。30を越えた男がつけるには少々ファンシーな香りだと思いつつ、それはあえて口にしない。少女は手慣れた様子で人差し指でそれを掬い、男の手の甲にそっと塗り込め始めた。手慣れた様子だがどこかぎこちないのは、男の手に自ら触れるという行為に躊躇いがあるからなのだろう。盗み見たその顔、その頬には赤みが差していた。
 少女の手は温かい。固かったクリームは少女の体温に馴染んでか、滑らかに男の手に染み込んでいく。甘い香りは一体何だろうかと考え、バニラだと思い至った。

「あの、これ、わたしがいつも使ってるクリームなので」
「ほう」
「だから、先生の肌に合わないかもしれませんけど」
「つまり、君とお揃いということか」

 あえておどけたように口にすれば、こちらを見上げた少女の顔がみるみるうちに赤さを増していく。震えた唇が何か言葉を吐き出そうとして、ぱくぱく動いたが、結局何も発することはなかった。潤んだようなその瞳に一瞬男の心臓が跳ねたが、かつてのように男に対して恐れを抱いているわけではないと知り、安堵した。少女の手はいまだに男の手を離していないし、少女の目が潤むのは反射的なもので、彼女は悲しくてもうれしくても恥ずかしくてもすぐに泣く。少なくとも以前のように恐怖の対象として見られているわけではないのだと、彼女の行動や言動から分かるようになれば、自然と男の心にも余裕ができた。

「良い香りだ」

 宥める意味を込めてそう伝えれば、少女は真っ赤な顔で俯いた。 

パーティーは終わらない



「運が悪いな」

 ぬるくなったであろうシャンパンを口に含み、目の前の男は囁くようにそう言った。どこか甘い男の低い声は、さざめく人々の中にそっと溶けて消えていくようだ。真似るようにグラスに口をつけながら、まったくだ、と他人事のように俺も頷く。あえて無表情を顔に張り付けながら、さてどうしたものか、とひとり、思考に耽る。
 子どもが不安そうに、俺の腰の辺りに手を回し、抱き付いている。だが実際は不安というよりも警戒しているのだろう。無害そうな少女だが、その実態は冷徹な暗殺者であることを、俺も、目の前の男もよく理解している。何かあればこの少女が、己の命を懸けてでも俺の身を守るであろうことはもはや口にするまでもない事実だが、しかし今はイレギュラーな状況だ。この少女は優秀な暗殺者であってボディガードではない。想定していた範囲での迎撃は可能だが、まったく想定していなかった事態には弱いのだ。己の命を懸けてでも俺の身を守る、それは確かだが、万が一この少女が命を落とせば、それ以上俺は護衛の手段をなくしてしまうということだ。さてどうしたものか、と、もう一度頭の中で同じ言葉を繰り返す。
 それに比べて目の前の男はどうだ。飲み切ったグラスはいつの間にか手から消え、代わりにタバコの箱がその中にある。洒落たダークグレーのスーツから取り出したのは銀色のライターだ。だが俺にくっついている子どもを見て、男はライターをポケットに戻した。少しだけ、バツの悪そうな顔をしていた。少なくとも、俺よりよほど余裕のある表情と動作だ。いつも隣にいるはずのボディガードがいないが、それは彼にとって、取るに足りない問題なのだろう。
 ちらりと視線を向けた先、パーティー会場の出入り口には警備員が配置されている。誰も入れるな、誰も出ていくな、ということらしい。

「12階の一室に宿泊していた夫婦が何者かに殺害されたそうですよ」

 世間話のように投げかけられた言葉に思わず振り向くと、グラスを両手に持った女が涼やかな表情をして立っていた。すらりとした体を光沢のあるグレーのワンピースで飾った、まだ若い女だ。透き通るような白い肌が、シャンデリアのきらめきを受けてより一層白く輝いている。人の目を惹く美人、という訳ではないが、控えめながらそれなりに整った顔立ちにしなやかな体つき、理知的な眼差しと、パーティーのお供には打ってつけだ。だがこの女もまた一癖ある人物であることを俺は知っている。
 彼女は新しいワイングラスを男に差し出し、その横に並ぶ。心なしか、俺の服をつかむ少女の手に力がこもったような気がした。

「すでに警察は来ているようですが、まだ、時間がかかるようです。場合によっては事情聴取されるかもしれませんね」
「さっさと帰りたいところなんだがな」

 おそらくこの会場の人々が思っているだろうことを堂々と口にした男は、無警戒と言っていいほどにあっさりとワインを飲み干した。またしても空になったワイングラスを弄びながら、男は目を合わせずに俺に問う。

「さて、ランスロット。今回は、本当に、運が悪いな?」

 ――さあ、どうだろうか?
 男は言いたいのだ。俺と、この男、ある種の共犯者が揃った会場で何者かが殺された。それははたして偶然なのか? 12階で殺された老夫婦が一体何者なのか、それは現時点では分からない。だがもしかしたら俺やこの男と縁のある人物かもしれない。まったくの別人かもしれないが、だからといってそれが安心の材料になるとは限らない。ただの見せしめ、警告。そのために無害な一般人が殺された可能性もある。今、こうして、会場に足止めされながら、俺たちは命を狙われていることも考えられるのだ。
 少女の温かな手が、俺の手に触れた。見下ろすと緑の瞳とぶつかる。照明の光を受けた目は宝石のように輝き、一瞬だけそれに意識を惹かれた。

「マスター」

 自分が守るのだと少女は言葉にせずともその目で語る。柔らかな髪を手で梳きながらぼんやりと、少女のドレスから伸びた青いリボンを見つめていた。会場に満ちる人々の声を聞きながら、思わず俺は口を開いていた。

「……さっさと帰りたい」

 女の腰に手を回しつつ、男はくつくつと笑った。疲れたような声を発した俺とは違い、やはり、彼はどこか余裕を漂わせている。恋人であり、ボディガードであり、腹心の部下である女は涼やかな表情のまま、手にしたままだったワイングラスに口をつけていた。