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bernadette

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プライベート・ミュージアムにて3




 照明を最低限にまで落としたプライベート・ミュージアムの展示室は静かだ。心地よい暗さは人を眠りへと誘う。いつもそうだ。普段、十分なほど睡眠をとっているはずの黒崎も、いつもこの空間に漂う睡魔に勝てない。勝てた試しがない。
 黒崎の雇い主であるプライベート・ミュージアムの館長が、それを咎めたことはない。彼は、アルバイトの黒崎に対して、展示物に関する注意以外はほとんど口出しをしない。入場料としてとっている金にすら、何も言わない。人を信用しているというより、展示物、それ以外の物に対して興味がないのだと勝手に思っている。そして、それは間違っていない。黒崎も慣れたもので、バイトとして雇われた当初はそれに申し訳なさを感じていたはずだが、気付けば堂々と居眠りをするのが習慣になっている。普段座っている入り口の受付カウンターには、夏には卓上扇風機、冬にはミニストーブとひざ掛けが用意され、いかにこの環境を快適なものに出来るかに尽力していることも拍車をかけている。
 展示室の扉が開く。その音で目が覚めた。展示室の扉を挟んだ向こう側の明るさが逆行となって、いつも、入ってくる誰かはシルエットしか分からない。それで良いのだと館長は言う。こんな美術館に入ってくるような人間に、ろくな人間がいる訳がない、とは彼の言だ。ならばこの美術館を営業している彼もまた、ろくな人間ではないのだろう。もしかすれば、彼にアルバイトに誘われた、黒崎も。
 それでも、このプライベート・ミュージアムには誰かがやってくる。老若男女の区別なく、誰かが、ひと月ごとに変わる展示物に惹かれるように、あるいは、呼ばれるように。
 そうして今日も、黒崎はカウンターに腰かけ、客を待つ。
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プライベート・ミュージアムにて2

朽木美術館ネタ

・今月の展示『植物標本』

「館長、これなんすか」
「植物だ」
「植物なのは見りゃ分かります。具体的な名前を知りたいんすけど」
「学名はない。通称もない。つけられるほど簡単な花ではないからだ。強いて言うならば寄生植物だ」
「……」
「基本的に人の体内に寄生して、人の体内で花を咲かせる。咲いた花は万能薬を作る材料になる」
「……花の色、綺麗な白っすね」
「人の体の中で咲いたとは思えないほどの純白だろう」


・今月の展示『装身具』

「人を強く思う気持ちはいずれ呪いとなる。それだけの話だ」
「それが、幸せになってほしいっていう思いでもですか」
「そうだ。だからそのペンダントは呪われている。それを贈られた誰かだけを思い続けたペンダントが、他の誰かの手に渡ったところで、他人を幸福にするわけがないだろう」


・今月の展示『鉱物標本』

「館長、これなんすか」
「水晶だ」
「水晶なのは見りゃ分かります。俺が言いたいのは、この中に入っている何かです」
「インクルージョン……内包物だ。結晶する時に、他の鉱物だとか、気体、液体、そういうものを含むことがある。琥珀にも虫入り琥珀のようなものがあるだろう。それだ」
「でもこれ、中に入ってんのって鉱物でも気体でも液体でもないんじゃ」
「だが水晶の中に入っているだろう。ならばインクルージョンと言っても差し支えなかろう」
「何かの骨でも?」
「誰かの骨でも」
「館長、これ本当に水晶なんすか」
「さあな!」


・今月の展示『絵画』

「俺、この絵、嫌い」
「そう言ってやるな。なかなか美人じゃないか」
「死んでますけど?」
「花の中で眠っているとは思わないのか」
「……」
「黒崎、お前はこの絵に何を見ている? お前はなぜ、この絵の女を死んでいると考えた? なぜ、この絵を嫌う?」
「……」
「答えは簡単だ。お前にはこの描かれた女が、既に死んだ、お前の知っている誰かに見えているからだ。そういう絵だ。かつて死んだ恋人に一目遭いたいと魂を削った誰かの絵だ。だからこそ、この絵には、見る者にとって懐かしい、死んだ誰かとなってその目に映る。ただそれだけの話だ」


・今月の展示『禁書』

「本の表紙だけ並べて中見ちゃだめってどうなんすか、それ。展示する意味あるんすか」
「あるんだな、これが」
「世の中って変な人ばっかりじゃないすか」
「違う違う、そうじゃない。つまりこうだ。彼らはその本が存在していることを知りたいだけだ。中身を読もうとは死んでも思わんだろう。……いや、死んだら何の憂いもなく読めるから読もうとするかもしれんが……」
「だいたい分かってきたぞ……」
「興味があるなら好きなものを手に取って読むと良い。鍵はそこだ。ただしすべて自己責任だ」
「謹んで遠慮いたします」





プライベート・ミュージアムにて

冬の終わりに訪れたその町にひっそりと佇む、ガイドブックにも載っていない美術館に、どうにもこうにも心が惹かれた。電車を降りてふらふらと、目的もなくレトロな町中をさ迷い歩いていたさなかに見つけたそこは、飾り気のない看板に「朽木美術館」とだけ書かれていて、いかにも個人が趣味で開いたような雰囲気を漂わせていた。大通りを外れて住宅が多く並ぶ小路の中、その建物は確かに、普通の家ではなく、美術館とは言わずとも、何かを収蔵していそうな外見はしていた。だが、何も前情報もなしに入るには気が引けるだろう。もしも私がこの町の観光客だったならば、興味はそそられようとも中に入ろうとは思わなかったに違いない。
 だが、ほんとうに、どういうわけだか、心が惹かれたのだ。魅力を感じたとか興味を持ったとか、そうではなく、心が惹かれた。ここに入らなければ、という義務感にも似た感情だった。気付けば春間近のまだ冷たい空気を切って、重厚なつくりのドアを開けていた。
 ドアの向こうにはガラス張りの短い廊下があった。向かって右側には小部屋があり、電気はついていなかったが、カウンターとスツール、背後の棚に並んだカップを見るに、美術館併設のカフェのような、そんな役割の場所のようだった。通路の向こうにはもう一枚の扉があり、おそらくそれを開いた先に展示室があるのだろうとあたりをつけた。
 おっかなびっくり開けた展示室のドアはやはり重く、中は廊下の明るさとは真逆の薄暗さだった。目が暗がりに慣れず、目の前が真っ暗になる。後ろ手にそっとドアを閉じたタイミングで、人が動いたような気配がした。

「いらっしゃいませ。一名様ですか」

 若い、少年と言ってもいいくらいの声だった。何度か瞬きを繰り返すと、薄暗い空間には抑えられてはいるが確かに照明が灯され、ドアを開けてすぐのところにカウンターが設置されているのが確かに見えた。そのカウンターに一人、腰かけていたのは少年だった。まだ高校生くらいか、精悍な顔立ちに残る幼さに一瞬、ここが美術館だという事実を忘れそうになった。最低限まで落とされた照明の中で、どうやら黒髪ではない少年の、赤みがかったその頭髪が妙に明るく見えた。

「えっと、はい、一人です」
「入館料に800円をいただきます。……今の期間は装身具を中心に展示していますが」
「あ、はい」



※いい加減赤髪の黒崎君のお話を書きたい

ミシキナナオのモノガタリ

実識七生の家には大きな蔵がある。
 もともと実識家のある地域は、江戸時代以前から続く船場町だったらしい。近くを流れる川には船が行き交い、川沿いには商家が並んでいた。実識家も例に漏れず、七生の曽祖父までは商人として商いをしていた。家の敷地に蔵があってもなんらおかしくないのは地域柄で、商人を辞めて数十年経とうとも、蔵を残し続けるのも珍しくない光景だった。
 曽祖父の代から数十年、未だ残り続ける実識家の蔵は、ひっそりと佇みながらも常に客を待っている。
 蔵の中にあるのは商品ではない。誰かに見出され、使われることを望む、曰く付きの品ばかりである。商人を辞めた七生の曽祖父が、あるいはそれ以前の誰かが、商いをする中で見つけたのか、はたまた自分から探し出したのか。もはや所以の分からない、けれど捨てることが許されない、そんなものばかりが、実識家の蔵には眠っている。
 実識七生は蔵守である。蔵の中の物の世話をして、時が来たら誰かの手に渡す。実識家の蔵の中身を求めてやってくる客は人に限った話ではない。それら人でないものと七生は、不思議なほど相性が良かった。時に両親の目に見えない客をもてなす七生を、誰かが蔵守と呼んで以来、彼自身も己をそう表すことにしている。

 その日の客は、三つ目の爺だった。
 古ぼけた着物を着た三つ目の人あらざる者は、春の嵐が止んだ夜に、ひょろりとやってきた。

「花見の出来る杯が欲しくてなあ」

 真っ白な髭を揺らして笑う爺を客間に上げ、茶と茶菓子を出し、蔵から持ってきたのは桐箱に入った漆塗りの杯だった。杯の内側には桜らしい花の蕾が二つ並ぶばかりで、他に飾りはない。爺はそれを手にとっては、矯めつ眇めつしていた。
 試しに酒を注いでみれば良いだろうかと腰を上げると、いつの間にか客間の入り口に、盆に置かれた日本酒が構えていた。同居人がこっそりと用意してくれていたらしい。まだ成人を迎えていない七生に酒の良し悪しは分からないが、長く生きている同居人が選んだのだから、おそらく良い物なのだろう。もしかすれば七生の父の秘蔵の品だったかもしれないが、客に出すものなのだから、と七生は潔く封を切った。
 爺は酒の銘柄を見て、嬉しそうに三つの目を細めた。

「良い酒だ。お前さんの父親か、それともお前さんの相棒の趣味か」

 杯を乾いた布で念入りに拭い、爺の手に持たせてから、そっと酒を注ぐ。アルコールの匂いは花のような芳香を漂わせ、小さな杯を少しずつ満たしていく。確かに良い酒なのかもしれない、とひとり思う。酒の味は分からないが、きっと口に含めば微かに甘く、柔らかな味がするのだろう。
 二人、額を突き合わせるように、酒が注がれていく様を見ていた。黒い杯の底に描かれた花の蕾が酒に浸され、満ちる勢いに揺らぎ、その姿をゆっくりと変えていく。固く閉じていた花びらが、酒の香りに誘われたかのようにゆっくりと花開いていく。限りなく白に近い色が、さざ波に洗われるように薄紅に色づいていく。まさしくそれは桜だった。寄り添うような二つの蕾が、漆塗りの夜の中でひそやかに咲いていた。
 柔和な爺の顔に、喜びと驚きが浮かんでいた。ぱちりと三つの目が同時に瞬きする。七生は小さく頷き、無言のうちに注がれた酒を勧めると、爺は酒で満たされた杯を、誰かに捧げるように高く掲げた。

「花が咲けば雨が降り、風が吹くものだが、これなら憂うる必要もなかろうよ」

 それでは一献頂戴しよう、と爺は嘯き、そうして杯を飲み干した。



 杯と引き換えに、爺が置いて行ったのは、古びた簪だった。持てばしゃらしゃらと鳴る金色は、少しくすんでいたが、磨き直せば元通りの輝きを取り戻すだろう。随分と古いようだったが、欠けたところはない。大事に使われてきた証だ、と、杯を入れていた桐箱に、布でくるんで収めた。
 封をし直した酒瓶を手に台所へ行くと、紺青の着物に薄鼠の羽織を着た男が、待っていたと言わんばかりの様子で立っていた。

「おお、来たか。その酒を待っていた」

 手には男が愛用する杯が一つ。ため息をついて酒瓶を手渡せば、にんまりと笑って冷蔵庫を指さした。つまみを作れ、ということらしい。
 酒の代わりにサイダーがあることを確認して、夕食の味噌汁に使った油揚げの残りとしょうが、ねぎを取り出し、まな板に向かう。そういえば、と、七生の同居人は酒瓶を抱えながら言った。

「花に嵐のたとえもあるぞ、だな」
「……?」
「勧酒という詩だ。あの爺はもしかすれば、誰かと別れたのかもしれん」

 まァ、言うだけ無粋だがな、と男は笑うだけだった。
 はてなんのことだろうかと首を傾げながらも、すぐに思いついたのは簪だった。金色の、今まで誰かが使ってきたのであろう簪は、きっとたおやかな女性によく似合う。
 台所の窓から外を見れば、裏庭に咲いた桜がよく見えた。春の嵐が止んだ夜、澄んだ闇色の中、うっすら光を放つかのような花々は、まさしくあの杯の中の桜、そのものだった。さよならだけが人生だ、と、男が言う。ならばあの杯は、注がれるだろう酒は、誰かへの手向けなのだろう。寄り添うように咲いた二つの花が、柔和な妖の慰めになれば良い、と思う。


 実識七生の家には蔵がある。
 その中に金色の簪を一つ置く。誰かに長く使われたであろう装飾品は、またいつか、似合いの誰かの元へ辿り着く日を待つ。蔵の中に眠る品々はそうして、誰かの手に渡る日を夢見ているのだ。

楽園から追い出された人

・クド・コーヘ
・ベネトナシュ(ベネット)
・シンジュ

<三日目>
 三日目の朝は雷雨だった。
 背中の痛みで目が覚めたクドの気分は最悪だった。常より一時間以上早く目覚めたが、眠気よりも苦しみの方が勝った。ベッドサイドの携帯端末に手を伸ばし、スリープモードに移行していたナビを起動する。黒い画面に、白い破片が舞い落ちる。夜に降る雪のような起動画面は数秒で、ぽん、と軽い音を立てて彼の相棒は目を覚ました。端末のスピーカーをオンにする。耳元で聞くより不明瞭だが、まるで同じ部屋にいるような音声を、実はクドは気に入っていた。

「ベネット。朝の頭の運動だ。今日の天気と……気圧の変化を簡単に」
『グッド・モーニング、マスター・クド。今日の天気は雨のち曇り。気圧は午後にかけて徐々に上がる。気圧変化の予想数値とグラフは必要か』
「いらない。俺が寝ている間に連絡は」
『ショートメッセージが二件。どちらもレイ・ブローディ博士からだ』
「内容は」
『午前三時四六分に【後片付けはまだ終わらないのか】。その五分後に【すまない、そちらは早朝だったか。後で連絡をくれ】』
「時差を忘れていたのか。あの天才は妙なところで抜けている」
『新しいニュースが五件。読み上げるか』
「いらない」

 ベッドの中で寝返りを打つ。うつ伏せになろうが仰向けになろうが横になろうが、背中の痛みは収まらない。ひゅう、と長く息を吐く。ホテルの空調は温度管理は完璧だが、湿度管理はまったくなっていない。乾燥した空気で口の中が乾ききっていた。


<楽園>
 背中に白い翼を背負った子供たちは皆、幸福そうな顔で遊んでいる。あるいは、幸福であるという意識を全身にまとい、神に愛される至上の喜びを体現している。
 歪んだ光景だ、と一人一人の首をはねてしまいたい気分だった。

「ヤツらは知らないんだろう。柵の向こう側の汚濁を。渦巻く人間の欲望を。腹を捌けば内臓が飛び出て、頭を割れば脳味噌がぶちまけられる。何が天使だ。お前たちも同じ、人間だろうに」

 幸福と秩序で満ちた世界から、惨憺たる無秩序の世界に落ちた人間は、それまでの楽園を信じることができなかった。己のいた神の膝元は、愛に満ちあふれる空間が、どれだけの犠牲の元に成り立っていたのか、その残酷さに気付いたが故に、もう戻れなかった。
 かつて天使だったはずの少年の目の前で、とある子供が死んだ。それがそもそもの始まりだった。病に冒された体で血を吐きながら、天使であった少年に憎悪と苦痛と羨望を叫び、死んでいった。
 呪われてしまえ、とその子供は言った。その瞬間から、清らかで神に愛されるはずの天使は、翼を失ったのだ。

<呪い>
 呪われてしまえ。呪われてしまえ。呪われてしまえ。お前たちは天使だと言うがそれは嘘だ。天使だというのなら空を飛んでみろ。偽物の翼で飛べるものなら飛んでみろ。この街の上を。あの高層建築の屋上から。お前たちは飛べないだろう。醜く落ちていくだろう。私たち人間と同じように、泣き叫びながら地面に落ち、これ以上ないほど悲惨な死体を晒すだろう。脳漿を、内臓を、血を、汚物をまき散らし、この世界を恨みながら、飛べない己を憎みながら、死ぬだろう。病に冒された私のように。醜く死に、その亡骸は一生晒されるだろう。
 呪われてしまえ。呪われてしまえ。呪われてしまえ!
 何が神だ。何が天使だ。何が幸福だ。何が秩序だ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。神は何故私を助けてくれない。何故飢えた人たちに食べ物を恵んでくれない。何故病を治してくれない。何故、翼が生えただけの異常者ばかりに幸福が降る。
 お前の一生に呪いあれ!

<解答>
 早く地下街に戻りたい、と思った。あの、コントロールされた空調の中を、清潔な世界を歩きたい。朝も昼も夜も変わらず正常な街の中で生きていきたい。地下鉄は毎日時刻表通りに運行され、安全に作られた食事が保証され、退屈なニュースが配信される。病気にかかれば病院を受診し、治療し、また元通りに生活を営む。貧富の差は少なく、どんなに貧しくとも最低限の生活が保障される。
 分かっているのだ。あの日、楽園から落ちた天使は混沌の中に生きることは出来なかった。管理された楽園から、管理された地下街へ、ただ、移動しただけだ。己の身体を使い、荒れた人波の中を歩くことなど、出来なかったのだ。この街が正しいのか間違っているのかと問われれば、圧倒的に間違っている。貧しい者は今日という一日を生きるのにも苦労しているというのに、富んだ者は豪奢な食事を捨てる。力ない者は力ある者に圧倒され、幼い子供でさえ犠牲になる。それが許されるこの街は、間違っている。
 だが、それを否定することはクドには出来ない。クドに、否定することは許されない。彼らの亡骸を踏みつぶしながら安穏と生きてきた天使に、理解できない世界だとしても、それが彼らの世界なのだ。富んだ者は何かの弾みに転落し、貧しい者がそれに取って代わるだろう。幼い子供は成長し、かつての己が受けた苦しみに克つだろう。力ない者はいつか、力ある者として誰かを助けるだろう。理不尽と暴力と退廃で満ちた世界には、可能性がある。
 そうでなければこの街がこんなにも人の声で満ちあふれるはずなどないのだ。