忍者ブログ

bernadette

Home > ブログ > 記事一覧

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

夜の終わりに

眠気に霞んだ視界いっぱいに広がるのは、人気のない、夜更けの街並みだ。ガラス一枚隔てた向こう側の世界はあっという間に過ぎ去り、オレンジ色の街灯と、煌々と輝くコンビニエンスストアの看板の光ばかりが尾を引いて消えていく。対向車線に他の車の影はなく、後続車もない国道の先はよく見えない。それにも関わらず車は法定速度を優に越えたスピードで走り続ける。このまま進み続けた車はどこかにその勢いのままぶつかるのではないか、という恐怖がふと沸き起こる。ただの杞憂だと自分に言い聞かせるように、黒崎は窓から視線を外した。
 あくびを一つかみ殺し、運転席をちらりと見やる。隈の浮いた菅野は気怠げにハンドルを握っていた。
「……煙草臭い」
 とっさに思いついた言葉を口にすると、彼は疲れた顔に薄い笑みを貼り付けた。酷い顔色だ、と指摘しそうになった言葉を飲み込む。まるで今にも死にそうな顔をしている菅野は直視するに堪えず、結局窓へ顔を背けた。
「禁煙したんじゃなかったの」
「そんな話もしたな」
 軽い調子を装った言葉の裏に、確かな拒絶の色を感じ取り、黒崎は押し黙った。黒崎が口を噤めば菅野もまた沈黙を保ち、車内に満ちるのはありきたりなラブソングばかりになる。流行のポップ・チューンの音は耳に痛い。恋の不安を歌う明るい声が無性に馬鹿馬鹿しく、黒崎は手を伸ばして勝手に曲を変えた。車に備え付けられたオーディオの画面に目が眩む。無機質な黒い文字を辿り、結局黒崎が選んだのは、彼女が以前彼に貸した海外アーティストのロックアルバムだった。
 馬鹿馬鹿しいのはポップ・チューンばかりではない。日付の変わり目もとうに過ぎ、夜明けに近い時間にわざわざ車を走らせているのは黒崎の意志ではない。むしろ黒崎はただのおまけのようなもので、隣でひたすらにハンドルを握る菅野が何も前触れもなく黒崎のもとを訪れたのがそもそものきっかけだった。電話やメールも何もなしに、深夜、黒崎のアパートにやってきた菅野はドライブに行こう、とそれだけを口にした。そこで断ってしまえば良かったものを、なぜか黒崎はジャケットを羽織り、財布と携帯電話だけを手にして助手席に乗りこんでしまった。馬鹿馬鹿しいのは己自身だ。何もかもすべて拒絶するような空気を纏った男が、このまま一人で死にに行くのではないかと想像してしまったのだ。
 では愚か者は一人なのかと言えば、きっとそうではない。踏み続けるアクセルはまるで何かに追われているようで、規則正しく並んだ街灯があっという間に消えていく。それと知られないように深呼吸をした。できるだけいつもの調子を装って、口にした言葉が空しくならないように祈る。
「バカだなあ、菅野」
 ハンドルを握る手が震えたのが見えた。
「……いきなりなんだよ」
「そのままの意味だけど」
 軽い調子を装いながら、その裏に深い拒絶を隠し、だというのに黒崎のもとにやってきたこの男を心底愚かだと思う。何もいらないと拒みながら、深夜のドライブに道連れを欲した男は、それを意識している訳ではないのだろう。意地を張った子供が裏腹な言葉を吐き出すように、菅野は深い矛盾を抱えている。彼の矛盾を愚かだと笑いながらも、それと同じくらい、黒崎には愛しい。

PR

奇談の人々

・世御坂カイエ
「店」の店主。キリトのおばにあたるらしい。女性。

・世御坂キリト
「店」のアルバイトその1。女装男子。外見は美女だが、中身は男前。

・那岐ユキヒロ
「店」のアルバイトその2。容姿の美しさと異常に見える目のおかげでさんざんな目に遭ってきた。

・月山歌
男子高校生。あまりよくないものを内側に持っているらしい。

・ムメイ
うたの守り刀。よく子供の姿をとる。

・ミツクビ
鈴を持った少女、のかたちをした何か。ひそかに那岐を狙っている。

・ナナオ
男子高校生。家の蔵の管理をしている。

・キセル
ナナオの元にいる、煙管のツクモガミ。若い男の姿をしている。

・ライカ
死んでも死なない女子高生。痛みは感じている。なお、金持ちのもよう。

・クド
ライカが飼っている化け物。ヒトやらヒト以外やら、なんでも食べる。



ティア・ドロップのあかいかなしみ


 何もかもを忘れてしまいたい。心の底からそう願ってしまうほどのむなしさとかなしさを抱いていた。
 ただのひとことでは言い表すことの出来ない、深い深いむなしさとかなしさは、やがて涙となってわたしの両目からあふれ出す。ぽろり、落ちたのは透明な滴だった。それはわたしの目からこぼれ、なめらかに頬を滑り、膝に転がった。透明な滴はわたしの指に挟まれ陽に透かされる。すると何面にも細かくカットされたティア・ドロップは、宝石がごときうつくしさで涙で潤んだ視界をまばゆく突き刺した。精緻なカットの一つ一つが光を反射する様はあまりに眩しい。透明な涙の粒の向こう側には青空が見え、それがまたわたしの視界を青く染め上げては涙をあふれさせるのだった。
 落ちた涙の滴はけして消えることなく、私の足下に転がっていく。滴同士がぶつかっては涼やかな音を立てるが割れることはない。わたしはこの、たしかな形をもった涙がいったい何なのかを知らない。ただ、そういうものだと受け入れてもはや数年が経とうとしていた。そうなるともう、わたしにとって涙とはこんな、きらきらと輝く石の形をしているものであって、頬を濡らす暖かさや濡れた後の冷たさも、記憶の外へと放り出されて忘れ去られてしまった。はたしてそれが良いことか、悪いことかはあいにく判断はつかない。涙の形をした宝石らしきものはうつくしかったし、拭う手やハンカチを汚すこともなくなった反面、人前で泣くことを耐えねばならない。ひとり静かに泣き、自分の足下を埋め尽くす目映いティア・ドロップを眺めるたび、わたしの心からは何かが失われていくような気がした。
 わたしの目の表面はこんなにも水分で潤んでいるというのに、それが目を離れたとたん、凍ったように形を変えて涙はこぼれる。静かに目を伏せた。なにも見えない暗い世界の中、滴が落ちる高い音ばかりが響く。こぼれ落ちた涙を手で掬うように、必死に集めていた頃はとうの昔に過ぎてしまった。ひどくけだるい。はたしてわたしはなぜ泣いているのか、その理由さえもなくしてしまったのかもしれなかった。こうなってしまったわたしには、こんなになってまで涙を流すことの意味が分からないのだ。ただ、何もかもを忘れてしまいたい。心の底からそう願ってしまうほどのむなしさとかなしさを抱いていた。あるいは、それだけの理由だった。それだけの理由が、わたしの涙腺を奇妙なほどに緩めては、透明な滴を零すのだ。

「花に付いた朝露を飲みなさい」

 白衣を着たその人は、とうとうと涙を流す私を見てひとことそう言った。花に付いた朝露を飲みなさい。朝早く、日の出と同じくらいに起きて、外で待つのです。庭に咲いた薔薇よりも、山際に生えた白い百合の方が良い。ひっそりと花開いた百合の花弁、そのすべらかな表面に光る、ほんの一滴の朝露を飲みなさい。それを百合が咲かなくなる季節まで続けるのです。
 白衣を着たその人を、わたしはせんせい、と呼ぶことにした。白衣に黒い鞄をひとつ持った彼の人は、診察代にわたしの涙を一粒欲しい、と言った。ひとしきり涙を流したわたしは、たくさん転がった涙の滴の中から、特にうつくしいと思ったティア・ドロップを一つ、小瓶に入れて渡した。せんせいは目をすがめてそれを見た。わたしがしていたように、陽に透かし、光の反射に目を細め、うつくしい宝石ですね、とほんの少しだけ、笑った。
 次の日の朝から、言われたようにわたしは日の出と同じくらいに起きて、山際の百合を探した。陽が昇る頃はまだ空気はつめたく、百合を見つけるまでに歩いたわたしの足は草の露で濡れていた。草をかきわける手もまた朝露で濡れ、踏みしめた緑の草の匂いと、水の匂い、そして山の匂いが体中に染みついていた。
 百合は思ったよりも簡単に見つかった。
 大きなつぼみは先端が白く、微かに開く程度で、まだ咲くには早かった。けれどその先端に一滴、朝露がついているのをみとめたわたしは、そっと百合のつぼみにくちづけた。まだ開かぬ花弁の奥から香る百合の香は甘やかで、無気力なわたしの胸にす、と入り込み、ほんのかすかなぬくもりを残していったようだった。失われるばかりで何にも満たされないわたしの中に、それは確かに存在したのだということがうれしかった。ぽろり、と目から落ちたのは涙だったが、そういえば、涙はかなしいときばかりに流れるものではないのだった、ということを思い出し、落ちたそれを指先でつまんだ。心なしか、薄く色づいているような気がした。
 それをせんせいに伝えると、良い方向に向かっている証拠です、と教えてくれた。毎朝朝露を一滴ずつ飲んでいけば、きっと透明な涙は色を変えていくでしょう。けれどこわがる必要はありません。きっと良くなります。教えてもらったお礼に、薄く色づいた涙を先生に渡すと、やはり先生はうつくしい宝石ですね、とほんの少し、笑った。
 百合の花はあっという間に花弁を大きく開いた。日の出と同じくらいに起きて、手足を草の露で濡らし、緑と水の匂いをまとわせながら、わたしは百合にくちづけては朝露を一滴吸った。すでに大きく開いた百合の花はその甘い匂いを惜しげもなく広げ、いつもわたしを待っていた。百合の花弁についた朝露は、百合の香りのように甘かった。それを舌先で感じ、ほんのわずかな水分を飲み干すたび、わたしの目からは一粒だけ、涙がこぼれた。涙はだんだん色づいて、やがて薄紅へと変わっていった。
 このまま朝露を口にしていけば、やがてわたしの涙は色を濃く変えていくのだろうか。薄紅は紅へと変わっていくのだろうか。拾い上げた一粒一粒を、わたしはせんせいに渡すことにした。せんせいはいつも、陽に透かしてはうつくしい宝石ですね、とほんの少し、笑った。せんせいの指の間で輝く薄紅は、目を突き刺すような輝きではなかった。精緻なカットのティア・ドロップはやわらかに輝いて、触れればきっとあたたかい。
 何もかもを忘れてしまいたい。心の底からそう願ってしまうほどのむなしさとかなしさを抱いていた。けれど、忘れれば忘れるほど、抱いたむなしさとかなしさは重さを増した。やがてそれはわたしの手に収まりきらなくなり、地に落ちて、突き刺すような鋭利な輝きでわたしを責める。頬を流れる涙のあたたかさを忘れてどれくらい経ったのだろうか。
 百合は満開を過ぎ、日に日にしぼんでいった。甘い香りは廃れ、うなだれた花は純白を失いつつあった。わたしは日の出と同じくらいに起きては手足を濡らし、百合の朝露を一滴だけ吸った。もうこの頃には、わたしの目から溢れる涙は、はっきりと赤い色をしていた。
 涙はもとは血液だったのだと、教えてくれたのはやはり、せんせいだった。だからこのティア・ドロップは赤いのだ。あなたがどうして血を流しているのか、知っているでしょう、とせんせいは言った。はい、とわたしは静かに答えた。小瓶に収まったわたしの涙の滴は透明から赤のグラデーションとなって、日の光を浴びていた。鮮やかな赤い色が私に言う。体が痛くなくても血は流れるのよ?
 もはや枯れゆくばかりの百合の花の朝露を、もうわたしは吸わない。ただ、水分を失いつつある花弁にそっとくちづけ、残された朝露を人差し指でそっと拭う。そうしてようやくわたしは、涙の拭い方を思い出した。ぽつり、落ちた涙が枯れた百合の上に落ち、まあるい水滴を残した。



mzk_mikは涙のかわりに宝石がこぼれる病気です。進行すると無気力になります。花に付いた朝露が薬になります。
http://shindanmaker.com/339665

Dame du Lac


 『ファーム』で買った幼い暗殺者が初めての仕事を成功させた時、褒美に求めたのは名前だった。
 もともと買ったときからその子供に名前はあった。いくら人殺しを作る『ファーム』でも、いや、それだからこそ、商品にはそれなりの扱いを保証していて、もちろん名前も与えていた。別に俺はその名前で良いと思っていたのだ。栗色の長い髪に鮮やかな緑の目。それによく似合った名前だった。

「今の名前は嫌いか」
「いいえ、そういうわけじゃないんですけど。でも、マスターから名前をいただきたいんです」

 ソファーに座り書類を読む俺の膝に少女は遠慮なく乗り上げた。だからといって俺の仕事の邪魔をすることはなく、ただ、膝の上に体を載せ、何をするわけでもなくそこにいる。重くはない。小柄な体は俺が片腕で抱えられそうなほど細く、そして軽い。
 書類を目で追いながら、ある程度の予想はついた。ペットに名前をつけるようなものだ。何かに誰かに名前を与えると言うことは、それを己の所有物にするということに等しい。自分の主に命をかけるほどの恋をするこの子供にとって、主から名前を貰うという行為は何物にも変えられない証になるのだろう。自分はこの男の物なのだということを形にしたいのだ。いや、あるいは俺に、それを実感として残したいのか。いずれにせよ、子供ながら末恐ろしいことを考える。本人がそれをどこまで自覚しているか、というのは不明だが、少なくとも名前をつけることの意義は幼いながらに理解しているに違いない。
 とはいえ、それを断るほどの理由がないのも事実だ。これはある種の契約に近い。盲目的な恋をする子供は俺のために汚れ仕事をなんだろうとこなす。俺はただ享受しているだけ、ではない。働きに見合う程度の報酬を与えねばならない。口に出して言ったわけではないが、少なくともそうしなければならないのだ。それを怠って己の身を滅ぼす愚者になりたくはない。なにせ相手は年少ながら、俺よりよほど強いのだから。
 ではどうしようか、と考えつつ、答えはほぼ決まっていた。

「ヴィヴィアン」
「?」
「は、どうだ」
「ヴィヴィアン」
「そうだ」
「それがあたしの、新しい名前ですか」
「気に入らないか」
「いいえ!」

 ぱ、と顔を輝かせた子供は体を起こすと、その全身で喜びを表現しようとばかりに俺の首に腕を回して抱きついた。子供の体温はあたたかく、かすかに甘い香りにくすぐられたような気分になる。

「すてきな名前です。ありがとうございます!」
「そうか」
「えへへ」

 耳元で聞こえる声はずいぶんと上機嫌だ。よほどお気に召したらしい、子供は鼻歌でも歌い出しそうな様子だった。俺は書類を一枚めくりつつ、部屋の隅の本棚にひっそりと目を向ける。本棚に収められた古びた本を、その中に書かれたとある王と騎士の物語を、はたして少女は知っているのだろうか。我ながららしくない命名だと思いつつ、心の底から嬉しそうに笑う子供には、結局、それ以上何も言わないままにした。


七日間鉄道

窓の外は一面が銀世界だった。
 進めど進めど白い世界は変わらず、むしろしんしんと降っていたはずの雪が吹雪へと変わっていく。白い大地は広陵だが、その白さが寒々しさを誘い、霞んだ景色が見る者の心に影を落とす。景色を楽しむには殺伐とした窓の外の世界に、青年はそっとため息をつく。二段ベッドが二つ並んだコンパートメントの中に、青年の吐息は空々しく響いた。
 七日間の列車の旅はまだ始まったばかりだ。かつての故郷へ向かう長い列車は明るい照明に照らされ、足下のストーブが冷たい空気を和らげる。目を閉じれば外を過ぎる人々の足音や談笑する声がよく聞こえた。目的地まで何もすることのない、ただ無為に時間を過ごすであろう列車の中は、まだ人の活気で溢れている。
 コンパートメントの扉が遠慮がちに開かれたのは、青年が自分の荷物を整理し始めた頃だった。音に気付いて顔を上げると、立て付けの悪い扉の隙間からするりと人影が入り込んだ。細身の人影は不穏な音を立てる扉を空いた片手で優しく閉め、青年の方へ振り返る。寝台に広げていた本を片手に自分を見上げる青年に、入ってきた人影は小さく頭を下げた。
 まず目を引いたのは、肩より少し長い程度まで伸ばされた赤毛だった。黒いニット帽やタータンチェックのマフラー、黒いダッフルコート、青いジーンズ、黒いロングブーツ。暗色で統一された衣服とは裏腹に、見事な赤毛がアクセントのように自己主張をしている。後ろ姿から予想はしていたが、赤毛の人物は少女だった。それもおそらくこの国の出身ではないことは顔の造形から明らかで、年齢といい外見といい、この列車の乗客にしてはずいぶん珍しいタイプと言えた。まだ幼さの残る顔立ちは緊張しているのか強張っていたが、少なくとも悪い人物ではなさそうだと青年は評価をつけた。ドアを閉めて振り返るという一連の動作は柔らかで、手にした荷物や身につけた衣服、伸びた赤毛、それらがよく手入れされているのを見れば、善良な一市民であることは明らかと言えた。
 青年の向かい側に当たるベッドにそっと荷物を下ろし、赤毛の少女はもう一度頭を下げた。少女の癖なのかもしれない動作に、さらりと髪が音を立てて揺れる。少女の黒いニット帽は猫の耳のように頭頂部分が二つ尖っていて、そこを飾るチャームも同じように揺れた。

「こんにちハ」
「こんにちは、お嬢さん」

 この国の出身ではないという青年の予想はある程度当たっていたようで、少女の言葉は片言だった。発音がどこか平坦で、使い慣れない言葉を苦労して取り出しているかのようにゆっくりとした発声だ。それに合わせて青年も語調を柔らかに、発声をゆっくりに心がけて挨拶を返した。賢そうな茶色の目はまっすぐに、青年の目を見つめ返してくる。

「同室の、者、デス。どうゾ、よろしくお願いシマス」
「こちらこそ。言葉は、通じるかな?」
「ハイ。ゆっくり発音していただけテ、うれしいデス」

 そこで少女は少しだけ、口元を緩め笑みを浮かべた。安堵の表情に近い。つられるように青年も笑い返す。悪い人物ではないという予想も、どうやら当たりそうだ。