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bernadette

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Cと沼男



 ――今、こうして、目の前の壁を「白」である、と知覚している「自分」は、本当に「自分」なのだろうか。
 自分自身を定義するにはおそらく、第三者の目が必要なのだとCは思う。第三者、すなわち、Cの事情にかかわりのない、正しく人間である、まっさらな目を持った存在だ。そのような存在に知覚され、お前はCという男だとはっきりと定義されなければならない。Cは曖昧だ。なぜなら、そのような第三者がここにはいないからだ。Cの事情にかかわりのない、正しく人間である、まっさらな目を持った存在は、今、この狭い世界には存在しない。
 白い壁から視線を外し、重々しい鍵のついた扉を開け、廊下を歩けばエントランスホールに着く。そこが本当にエントランスホールなのかをCは知らない。病院の待合室のように大量のイスと、区切るようなカウンターが設置されたそこに、外への出口はないからだ。代わりに存在するのは第三者足りえない、”沼男”のみである。

「――よお、C」

 気だるげな、投げやりな、だが親愛のこもった声がCを呼ぶ。C。アルファベット一文字が、この白い空間にいる以前のことを一切合切覚えていない男を意味する名だ。覚えやすくて良いだろう、と沼男は言った。Cが目覚めて初めて出会った、唯一まともに人間の形をしている存在は彼だけだったからか、沼男の言うことはすんなりと受け入れられた。
 唯一まともに人間の形をしている沼男は、胴体もあるし頭もあるし、四肢もある。彼はそれなりの背格好のCとほとんど同じような体格だ。だが顔は包帯をぐるぐる巻かれているおかげでまったく顔が分からない。それさえなければよほど、彼もまともな人間に見えたことだろう。だがあいにく、しばらくの付き合いになるCにも彼はその素顔を見せたことはない。常に気だるげに、エントランスホールの座り心地が悪そうなソファーに座っている”沼男”、その名称は彼が自分から名乗ったものだ。それ以外に名乗る名はない、と彼は言った。





沼男、とは。哲学の話。死んでしまった男と原子レベルで同じ、記憶も同じ、そういう存在。化学反応を起こした沼から生まれた男。
では、原子レベルで同じ存在となった沼男ははたして、死んでしまった男と同一人物か?
沼男の話はもっと単純。たとえば。遠い未来。記憶の複製が、記憶の上書きが可能な世界。クローンに記憶を植え付ける。そうすれば、死んだ男と沼男の完成。
それに気付いてしまった沼男は、自分が自分ではないと知ってしまったがゆえに、もうどこにも出られない。「自分」などどこにもいなかった。ただのコピーである存在は、顔を隠さなければ生きていけない。本物の「自分」から許してもらえなければ、彼はどこにも居場所がない。


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Room401

いろいろと考えていた話。小説よりゲームにした方がよっぽどわかりやすい。狂った世界から外の世界に出ていく。でも、出ていかなければいけない理由が分からない。どうやって出ていけば分からない。そもそもこの世界は一体どうなっているのか。そんなお話。


<人物像>

□C
・記憶がない。記憶がないが、部屋の中に残されたメッセージに従って、今自分のいる場所から外の世界に出ることを目標にする。
・少年~青年。どちらかといえば青年。外の世界に出なければいけない事情があるとすれば、青年。
・これといった特徴はなし。というより、現段階で詳しいことを考えていない。記憶がないゆえに知識には貪欲。
・沼男と普通に会話が通じる。
・殺しても殺しても死なない。代わりに、記憶を失っていく。現段階で、計算や文字の読み書きといった基本的な教養は覚えているものの、自分の名前も、自分の過去も、大体覚えていない。Cも名前ですらない。
・鉄パイプとお友達。

□沼男(ぬまおとこ・スワンプマン)
・落雷によって新たに生まれた男のこと。死んだ男と遺伝子レベルでまったく同じだが、はたして同じなのか?という意味で、スワンプマン。沼男。
・Cと違って「記憶がある」ということが前提の存在。記憶があるがゆえに、外に出ることを望まない。沼男の中で、疾うに決着のついていること。スワンプマンの答えは「俺は別人だ」。
・物語の核心を突くことをだらだらとしゃべることはないが、無駄知識はよくしゃべる。Cにせがまれてどうでも良い知識を披露するが、それがCを助けることになる。
・しかし、その無駄知識の中には嘘もある。実は冗談が通じるタイプの男。Cに嘘をついてちょっと困らせてやろうと思ったものの、Cが嘘を真面目に受け取ってしまったため、後でネタばらしをすることになる。
・頭がいいというより知識が欲しいタイプ。元軍人。判断は的確だろうが、それが常に自分の望む結果を生み出すとは限らない。
・顔面に包帯を巻いている。顔を隠さなければまともに人と話せない。自分が”沼男”と名乗る男であるためには、顔を隠さなければならない。顔は、ないということにしなければならない。
・Cの行動の行き着く先に、沼男に救いがあるかと言われれば微妙。だが、いずれ彼は白い世界を出て、天使と旅に出ることになる。


<世界観>
・ほぼ未定。
・白い世界。病院と言って良い。
・その1が、Cの私室。そのフロアから出るためには、まず隣の棟につながった廊下の、ゲートを解除しなければならない。観察者がいるはずの世界に、観察者はいない。ただ、いたという気配だけは残っている。
・その2が、隣の棟。Cたちのいる棟が病棟だとすれば、こちらは研究棟のような感じ。こちらも、無人。誰もいない。人の死体すらない。ここでいろんな情報を得ることができる。
・ある種の世紀末感が漂う世界。その中を自由に生きる人々。基本的に人は少ないし、大体みんな狂っている。襲い掛かってきたら殺す。武器はバットや鉄パイプが良い。
・つまり、壊れた人々ばかりが集まった空間で、なんとか生きていく、彼らの壊れた部分を元に戻していく。そういう作業なんじゃないだろうか?


<ネタ>
・暗号解読系。ワンタイムパッドとシーザー暗号。
・お茶会道具が散乱する部屋。お茶会の準備をしてと頼まれるので、部屋の中を片付ける。
・なくした手足を探してほしいと頼まれるので、持ってくる。でもくっつけるには糊が必要だし、くっつけるのも結局やらなければならない。
・落ちた涙が宝石に変わる。この宝石を、宝石を食べなければ生きていけないあの人に。でもあの人ってどこにいる?
・一番の難関は、自分の部屋にあるPCのログインIDとパスワード。この中にあるデータを見れば何か分かるはずなのに、肝心の自分自身がIDとパスワードを忘れてしまった。



だいたい考え中。いつか文章なりに起こしたい。今のところお気に入りは沼男。

おっさんしょうじょ2

薄い生地で出来た、淡いピンクのキャミソールワンピース。空色の盤面の、洒落た腕時計。ほっそりとした首筋を飾るシルバーに、一粒光るネックレス。白い足首。その細い肩に、ジャケットを羽織らせる。

「やっぱりむりです」

 玄関先で震える少女は俯いていた。少し癖のある、色の薄い髪に隠れて表情は見えないが、男にはそれが容易に想像できた。
 少女の手がジャケットの襟元を強く握りしめる。玄関には未だ土を踏んだことのない、白いパンプスが転がっていた。少女の足にぴったりはまるそれは今日も、外の世界を歩むことはないのだろう。無理矢理にでも少女の腕を掴んで立ち上がらせるほどの度胸はなく、男はただ黙って彼女の横に立ち尽くした。固く閉じた扉の向こう側に思いを馳せる。熱い日差しや目が眩むほどの青空、立ち上る陽炎の向こう側の街並み。彼女が憧れるチェーン店のコーヒーショップや、ハイティーンに人気のアクセサリーショップ、恋人達が集まる海辺の公園、それらすべては少女にとって美しい世界であると同時に残酷な現実だ。

「こわいです、せんせい」

 ジャケットの上からでも分かる華奢なその肩にそっと手を載せた。怯えられるかと一瞬迷ったが、彼女の体が距離を取ることはなかった。そのことに少しだけ安堵する。
 柔らかな衣擦れの音がした。

「わたし、やっぱり、こわいです、せんせい。ひとが、こわい」

 そうか、と吐息のように口から零れた相槌は、きっと少女には届いていない。


※奇談に繋げるか、WRに繋げるか……

おっさんしょうじょ

「先生の手」

 あまりに乾燥しているので、と少女が恥ずかしげに男の手を取りながら、銀色の缶の蓋を開ける。真っ白なクリームが詰められたそれからは、わずかに甘い香りがした。30を越えた男がつけるには少々ファンシーな香りだと思いつつ、それはあえて口にしない。少女は手慣れた様子で人差し指でそれを掬い、男の手の甲にそっと塗り込め始めた。手慣れた様子だがどこかぎこちないのは、男の手に自ら触れるという行為に躊躇いがあるからなのだろう。盗み見たその顔、その頬には赤みが差していた。
 少女の手は温かい。固かったクリームは少女の体温に馴染んでか、滑らかに男の手に染み込んでいく。甘い香りは一体何だろうかと考え、バニラだと思い至った。

「あの、これ、わたしがいつも使ってるクリームなので」
「ほう」
「だから、先生の肌に合わないかもしれませんけど」
「つまり、君とお揃いということか」

 あえておどけたように口にすれば、こちらを見上げた少女の顔がみるみるうちに赤さを増していく。震えた唇が何か言葉を吐き出そうとして、ぱくぱく動いたが、結局何も発することはなかった。潤んだようなその瞳に一瞬男の心臓が跳ねたが、かつてのように男に対して恐れを抱いているわけではないと知り、安堵した。少女の手はいまだに男の手を離していないし、少女の目が潤むのは反射的なもので、彼女は悲しくてもうれしくても恥ずかしくてもすぐに泣く。少なくとも以前のように恐怖の対象として見られているわけではないのだと、彼女の行動や言動から分かるようになれば、自然と男の心にも余裕ができた。

「良い香りだ」

 宥める意味を込めてそう伝えれば、少女は真っ赤な顔で俯いた。 

通り魔と家主とナイフ



 部屋に転がった物の山を見た。黒崎の服、ベッドに置いていたはずのクッション、ソファーにかけていたブランケット、スナック菓子の空、本棚に並んでいた絵本、ナイフ。一際物騒なナイフに伸ばした指を、触れる寸前で止める。
 見渡した部屋は住み慣れた自分の部屋のはずだというのに、どこか違和感ばかりがつきまとう。その理由は明白で、それゆえに黒崎は深くため息をついた。浴室から届く上機嫌なメロディを聴きながら、踏みかけた自分のジャケットを拾い上げ、適当なハンガーにかける。どこか調子外れな歌声はテレビでよく流れる流行のポップスのようだった。
 触れられなかったナイフはあまりにも無造作に投げ捨てられ、剥き出しの刃に当たった照明の光が、白く眩しく視界を占めた。
 黒崎の部屋に住み着いた通り魔を、黒崎はヒトというよりもある種のペットのようなものだと受け取っている。その身一つで黒崎の部屋に入り込んできた通り魔は妙に人懐こかったが、その奥に潜んだ殺意を思うと到底同じ”人”であるとは思えなかった。当然のように人を殺したことのない黒崎には、殺人を繰り返す通り魔の精神を正しく理解することはできない。いっそ話が通じなければ良かったのだ。だが通り魔は黒崎に笑顔を向け、使った物を片付けろという言葉以外にはよく従った。言葉を解せない狂人であれば躊躇いや容赦も生まれなかっただろう。理解できない行動を繰り返しながらも部屋の主人の命令に従うさまは、まさしくペット以外の何者でもない。それを通り魔本人が自覚しているかは定かではないが、その新種のペットが部屋に転がり込んできたことにしばらく悩んだ末、通報しようにも出来ない黒崎はそう結論づけた。
 その通り魔が持っていた数少ない私物が、黒崎の足元に横たわっている。

「くろさきー、ボディーソープきれたぁ」
「洗面台の下に予備が」
「入ってないぜ」
「マジか。買いに行かないと」

 じゃあ留守番してる、と浴室から顔を覗かせた通り魔の伸びた髪から、水滴がぽたぽたとフローリングに落ちた。

「髪の毛、ちゃんと乾かせよ」
「はーい」
「もし外に出るなら」
「鍵はちゃんとかけて郵便受けに、だろ?」

 足元のナイフを踏み越えて、黒崎は財布を片手に玄関へ向かう。いってらっしゃーい、と、やはりどこか上機嫌にかけられた声に応えながら、もしかしたら誰かの体に刺さったかもしれないナイフを思い、憂鬱な気分になった。