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bernadette

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リルとノインテ・ツヴェルフ

(リルとかみさま)
 ごめんなさい、かみさま。信じてもいない神に向かって祈る。声にならない嗚咽で引きつった喉が不格好な呼吸音を奏で、頭の中で何度も響いた。ごめんなさいかみさま。謝罪の形をとった祈りはどこにも届かない。縋るべきものを神と呼ぶならば、リルの神はとうの昔に死んでいた。
 それでも何かに縋らなければ、生きていけない気がした。自分の両足で地面に立ち、空いた両手に好きなものを掴めるはずのリルの体は、自由であるはずなのに重い。罪悪感で押しつぶされそうだった。裏切ったからだ。リルは、裏切ってはいけない人を裏切り、その人のすべてを踏み躙る。
 大きな罪悪感と後悔と、ほんの小さな安堵。そして手に握り締めた鍵、それだけがリルの空っぽの体を動かしている。動かなければならない。これから一人、歩いて行かなければならない。手の甲で擦った目から涙が溢れた。泣いても何も変わりなどしないのに、と笑い飛ばそうとしてもリルの目はただただ濡れるだけだった。
 ――ごめんなさい、かみさま。
 リルが縋るべき神はどこにもいない。ならば誰に向けて祈っているのか、それはリル自身にも分からなかった。


(リルと剣魔)
 ノインテ・ツヴェルフはリルの剣だ。彼は正確には剣魔という、剣に宿った魔力が形と意識を持った、精霊のようなものである。人と同じ形をとってはいるが、彼の本体は剣そのものであり、ノインテ・ツヴェルフと名乗った美しい男は幻影に過ぎない。
 だが、そう、美しいのだ。幻影だけではない、剣そのもの、研ぎ澄まされた刃や手になじむ柄、装飾の施された鞘、それらは芸術品であるかのように美しい。ゆえに彼は、人の形をとっても見る者の目を奪わずにはいられないのだろう。憂いを帯びた横顔を眺め、一人納得する。長い髪のひと房がかかる、それを指先で掬った。絹糸を思わせるしなやかさと柔らかさを持った髪は、何も手入れをしていないはずだというのに絡むことなく指をすり抜けていった。
 鬱陶しげに顔を背けられたが気にすることなく髪を引く。大した力を込めていないはずだったが、まるで飾り物の人形のように力なく、彼の体が傾いでリルの膝の上に倒れた。外見通りの重さが膝にのしかかる。座っているからだろうか、彼の体は岩のように重い気がした。

「何をしているの、ノインテ・ツヴェルフ」
「俺の名前を覚えていたのか。光栄だな」
「私の質問に答えてね。何をしているの」
「見ての通りだ」

 嫌味のつもりで呼んだフルネームはあっさりと受け入れられ、質問にはある意味では最も確実な答えを与えられた。そうなるともう、リルの口からは嫌味も質問も何も出ない。押し黙ったリルをからかうように、ノインテ・ツヴェルフは髪を掴んだままのリルの手を、そっと弾いた。


(リルと剣魔2)
 『ノインテ・ツヴェルフ』はただの番号である、と言いながら、彼は名前を聞かれればそう答える。それしか名乗るべきものがないからだ。剣である彼に与えられたのは数字の羅列だ。9番目の12。彼を作った職人の、9番目のシリーズの中の、12本目。今ではもう定かではないが、9番目の集合として作られた剣の中で、ノインテ・ツヴェルフが一番最後に完成したような気がする。

「つまり、ノインにしてみれば、9番目のシリーズの剣はみんな兄弟みたいなものなの?」

 リルの発想からしてみれば、ノインはすなわち、9番目のシリーズの中での末っ子ということになる。その通りといえばその通りだが、肯定するにはやや気後れする事実だった。





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フローライトと鍵の魔術師

「宝物庫を知っている?」

 きらきら、きらきら。薄い紫の目が輝いていた。宝石のようなきらめきだ。きれいだなあ、と思わずため息ついた、その私の目の前で、まほうつかいは首を傾げている。まるで小さな子供のような傾き方だ。きれいな目をした魔女はそれを見て、おかしそうに笑った。

「あいにく、聞いたこと、が、ないな」
「本当に?」

 ふんわりとウェーブの掛かった、チョコレートの色の髪を指に巻きつけながら魔女はもう一度聞いた。まほうつかいは頷く。彼を見上げると、それがいったいどうしたのかと言いたげな顔をしていた。
 まほうつかいのコートの端を掴んだまま、私は少しだけ、そう、本当に少しだけ、紫の目をした魔女が言いたいことが分かった気がした。
 魔女は笑う。

「なら、良いんだけど」

 そんなはずはきっとない。まほうつかいの敵とも味方とも言わない魔女は、それ以上何も言おうとしなかった。宝物庫がどういうものなのか、それを知っていたらどうしたのか、何も。
 でも、考えてみれば分かるのだ。宝物庫というのなら、きっとそこには何か、大切なものが置かれている。じゃあ大切なものを置いたその宝物庫を守るにはどうすれば良い? 鍵をかければ良い。
 ――でも、その鍵を誰かが盗んでしまったら?
 私にだってすぐに分かってしまったことを、目の前のまほうつかいが気付いていないわけがない。不安になった私は掴んだコートの端を引く。頭にそっとのせられたのはまほうつかいの手だ。少し冷たい手が、さらさらと撫でる。

「言いたいことは、分かる。宝石の魔女」
「フローライトよ」
「フローライト。きみの言いたいこと、は、よく、理解した。理解した上で、言う。宝物庫、などという、大層なものなど、わたしは、知らない」

 言い切った魔法使いに、目の前の魔女、フローライトは、やはり笑っていた。

「それなら、そのままで。何も知らないままで。少なくとも、私たち『宝石の魔女』は、あなたに危害は与えないわ。追いかけもしないし、手を貸すこともしない」
「無関心、か」
「そう。そもそも、私もあなたもこれが初対面。ろくに知りもしない人を追いかけるなんてナンセンスだわ」
「だと、いうのならば。わたしと、この子を、放っておいてくれ」
「そうしましょう」

 あっさりと引き下がった魔女の目がゆっくりと瞬きをする。紫の目が、くすんだ薄緑になる。もう一度瞬きをすると、また緑に戻る。二色の瞳はやっぱり宝石のようにきれいだった。

「それではごきげんよう、鍵の魔術師とお嬢さん。良い旅を」

 煌く目をした一人の魔女は、スカートの裾をつまんで一言、風が起こったと思った次の瞬間には、その姿を消していた。




魔女の世界2

・「宝石の魔女」の話
○「魔女の誇りを守ること」という盟約は非常に曖昧。それゆえに構成員たる魔女たちそれぞれが盟約の意味を考え、それに添って生きていく。「宝石の魔女」は小規模ではあるが700年近く昔からあるコミュニティであり、ゆえにこのコミュニティに選ばれる魔女たちは皆能力そのものが高いばかりではなく、魔女としての矜持も高い。構成員たち全員が仲良くとは行かないが、この盟約の意味が分からないほど愚かな者はいない。
○盟約をもっとも体現したのがサファイアとルビーである。ルビーは魔女狩りに遭い、その亡骸がとあるオークションにかけられることになる。「魔女の誇りを守ること」の意味を考えたサファイアは、その盟約の指す「魔女」は己だけではなく、共に宝石の名を冠された魔女も含んでいるのだと考えた。それならば死してなお亡骸を競売にかけられ、安息を与えられることのない同胞の誇りを守らなければならないと決心する。「魔女の盟約」を忠実に守った魔女の話。
○元はコランダムという玉の、赤がルビー、青がサファイア。特にルビーはダイヤモンドに次ぐ硬度を持つ。ルビーはプライドが高い魔女だった。サファイアは消極的な性格をしていたが、このふたりは存外仲が良かった。


・「学院」の話
○どこかにある「学院」は広い。魔女見習いたちが生活をする寮がある。そこで三年間、共同生活をする。
○魔女見習いたちは黒いケープを与えられる。
○長い歴史を持つ「学院」の中には様々なメッセージが残されている。例えば、数十年前に死んだ魔女見習いの残した遺書。隠された宝。見つけてはいけない地下通路。それを一つずつ明かしていく。
○魔女見習いは見習いではあるが、魔女とほぼ同じ身分として扱われる。彼女たちは思い思いの使い魔を連れている。
○月に一度、使い魔を売りにやってくる行商人が存在する。行商人から買った使い魔と、一人の少女の話。

魔女の世界

・魔女
魔法を使う女性のことを指す。魔女によって得意とする魔法が違う。炎を操る魔女がいれば、鉱石を変化させる魔女もいる。あるいは、複数のものに長けた魔女もいる。魔女にとって魔法とは成長していくものであり、魔法の研究や鍛錬が魔女たちの日常であり仕事である。

・魔女のコミュニティ
魔女たちが自分たちの身分を確かなものにし、自分の魔法を誰に邪魔されることなく研究・鍛錬していくために、一定のルールを設けたグループを作るようになった。魔女のコミュニティは大小合わせて数多い。それらのコミュニティに入るには課題が課されることもあれば、拾われて一員とされることもある。コミュニティでは魔女としての教養が叩き込まれる。コミュニティの構造は、それぞれによって違う。

・「魔女の盟約」
魔法を使う魔女たちが好き勝手にやっていては不都合なことが起きる。コミュニティ内部で争い事が起きるのはもっとも恐ろしい。そこで、魔女のコミュニティそれぞれでルールを定めている。コミュニティ内部のルールを守らなければ魔女としてのすべてを奪われる。基本的には「魔女の盟約」はそのコミュニティに所属する魔女のみに通じるものだが、魔女全般に「ほかの魔女の邪魔をしない」という不文律が、雰囲気として感じられる。

・「学院」
魔女のコミュニティの中でももっとも規模の大きなコミュニティ。コミュニティというよりは、その名の通り魔女たちの学校である。多くの魔女見習いたちが最初はこの「学院」に属し、教養や魔法の基礎を身につけた後、自分にあったコミュニティに属したり、コミュニティを作ったりする。だいたい三年ほどで教育を終える。学院に入る魔女たちの年齢は様々だが、十代が多い。

・「宝石の魔女」
小規模なコミュニティ。人の出入りは少なく、常に20~30人くらいの構成員。このコミュニティに入った魔女には宝石の名前がつけられる。このコミュニティの「魔女の盟約」はただ一つ「魔女の誇りを守ること」のみ。




ナナオと盃



 その日訪れた客は、祖父が残した蔵の中、そこに収められた品が欲しい、ということだった。
 よくあることだ。ナナオの祖父は収集癖のある人で、生前から客がきては物を買い、売り、預け、去っていった。そういう家に育った。祖父の死後は、祖父にくっついていたナナオが、彼の代わりになって客の相手をしている。高校生の少年がするには不安が残るが、やってくる客たちは、不思議とナナオに優しい。人であろうが、人でなかろうが、だ。
 額にもう二つの目を持った老人は、一本の瓶を持ってやってきた。

「この酒に合う盃があると聞いてなあ」

 そういうことなら、と蔵を開けたナナオの目に、最初に映ったのは小さな漆塗りの箱だった。古びてはいたがどこかを損なっているという訳ではなく、むしろ積み重ねた年月にふさわしい風格を醸し出しているように、ナナオには見えた。
 試しに手に取った漆塗りの箱は軽く、蓋もあっさりと開いた。後ろから覗き込んでいた老人が、中身を見てほう、と溜息をつく。酒を入れるのにちょうど良い、やはり黒い漆塗りの盃がそこに行儀よく座っていた。
 これで良いですか、と小声で問うと、老人は四つの目を細めてにっこり笑った。

「良い塩梅の盃だなあ。ほれ」

 黒い盃の底には桜の蕾が二つ並んでいる。それを指した老人は、持っていた酒瓶を掲げた。酒瓶の底に揺蕩うのは桜の花だ。この酒に合う盃というのも頷けた。
 老人は盃の対価に、一本の簪を置いていった。赤い珊瑚の玉がひとつ、簪を手にしたナナオは少し悩み、それを蔵の中に置くことにした。きっとこの簪も、あの盃同様、誰か必要とする者の手に渡るだろう。蔵の鍵を閉め、ナナオはそっとため息をついた。